精子提供・卵子提供という選択
~「血のつながり」を超えた家族のかたち~
どんなひとがうける治療?
精子提供や卵子提供に関する話題を最近、メディアで目にすることが多くなりました。
この二つの治療は無精子症や、卵巣不全といった、赤ちゃんをつくるための精子や卵子を持っていない方が子どもを欲しいと思ったとき、他の方から精子や卵子を提供してもらって子どもをつくるための治療です(図1、図2)。


この治療の対象となるのは、精子や卵子が全くない方だけではありません。たとえ精子や卵子があっても、それが赤ちゃんをつくる力を持っていない方も、対象となります。
たとえば重度の男性不妊(精子が 1ml 中に 100 万以下など極端に少ない、運動率が何回測っても10%以下など)で、奥様からは健康そうな卵子がたくさん採れているのに顕微授精(ICSI)をして、受精するけれども受精卵が元気に発育しない、という場合には、見た目は異常がない精子に何か異常があって卵子を育てられない可能性が考えられます。一方精子は元気でたくさんあるのだけれど、卵胞から元気な卵子が採れない、取れた卵子が少ないうえに受精した後に拡張胚盤胞にならない、何度受精卵を移植しても着床しない、あるいは流産してしまう症例の中で、おそらく卵子に問題があるであろう一部の方も対象に含まれます。
そう考えると、必ずしも他人事、とは言えませんね。
こうした治療は、特殊に見えるかもしれませんが、精子提供は記録上1940年代から、卵子提供は(体外受精法が必要なので)1980 年代から行われており、これまで多くの家族を世界中で作っている実績のある治療法です。
精子・卵子提供では普通の不妊治療と同じに見える家族ができる
提供してもらう精子や卵子は、提供者から病院が預かり、それを無精子症や卵巣不全の夫婦に治療として使います。ですから提供者と夫婦が直接顔を合わせることはありませんし、提供してもらった後妊娠するのは妻です。その後妊娠・出産・子育てと、ずっと子どもが欲しかった夫婦と「生まれてくる子ども」だけで過ごすことができます(図1,2)。子どもが欲しい、と思った時からずっと家族水入らずで過ごす、ということから見れば、世間一般に見られる「血のつながった」親子と何も異なるところはありません。
ただ一つ違うのは、精子提供の場合は父親と、卵子提供の場合は母親と、遺伝的なつながりがない、ということだけです。
養子とはまったく違う
育ててくれている親と血がつながっていないことから、精子提供や卵子提供はよく、養子縁組と似ているところが多い、と言われます。確かに似ているところもあるのですが、「妊娠した時からずっと親子」というところは決定的な違いになります。養子になった子どもが生みの親に(精神的、あるいは愛情の上での)「親」としての役割を求めたり、あるいは取り違えで別の家庭で育てられた子どもが「本当の親;生みの親」を探す、というのと、精子提供や卵子提供で子どもが提供者に会いたい、というのはまったく違うのです。
実際精子提供や卵子提供で生まれた子どもは提供者のことを「おじさんのような」や「おばさんのような」人、あるいは単に「提供者」と呼びます。また提供者に会いたい、と思う子どもは 10%以下であり、会いたいと思う子どもも多くは、提供者に一回会ったらそれで満足する、さらに提供者と会うときには多くの子どもが、自分の親(父親)が提供者と会うことをどう思うか心配しています※1。
あたりまえのことですが、子どもの心の中でも「提供者は親ではない」のです。
この方法は自分たちの手で、自分たちの家族を「創る」ことができる、本当に良い方法なのですが、この方法で子どもを得た夫婦がひとつだけ、知っていなければならないことがあります。それは、「嘘をつかない、隠し事をしない」ということです。
昔は、黙っていることが最善だと思われていた
何度も言うようにこの方法は、夫婦が黙っていれば自然の妊娠と何も変わりません。お産のときには妻のおなかから赤ちゃんが生まれてきますし、その場にいるのはご夫婦(とその家族など)だけです。二人で子どもの誕生を喜び、役所に行って出生届を出して、「家族ができる」わけです。ですから、ほかの人には夫婦から生まれた(両親ともと血がつながっている)実の子ども、ということができます。もちろん夫婦は、自分たちの実の子どもとして育てていくので、幼稚園や学校でも不思議に思う人はいないでしょう。すくすく育っていく小さな子どもと家族だけで過ごすこの時期、何にも代えられない幸せな時間です。夫婦が提供してもらったことを黙っていれば、子どもは一生、知らずに幸せに過ごすことができるかもしれません。実際1990年ごろまで、黙っていることが一番良い方法だと、親も、医師も、そして周囲の社会のだれもが信じていたのです。
黙っていることで、秘密を維持するのが苦しくなることも
ですが、ある時子どもが何気なく尋ねます。「赤ちゃんって、どうやって生まれてくるの?」もちろん夫婦は何事もないように、「お母さんとお父さんが仲良くなると、赤ちゃんができるんだよ」などの説明をしますが、その時にほんの一瞬、答えが遅れたことを鋭い子どもはずっと覚えています。その後、血液型の話、遺伝の話、子どもは親戚のだれと似ている、だれと似ていない、という話が出てくるたびに、お父さんとお母さんはお互いのことを考えて、悩む時間がすこしずつ長くなっていくかもしれません。たとえば精子提供であれば、お父さんは何回もこの話題が出てくることに次第にイライラしたり、落ち込んだりするかもしれませんし、お母さんはそんなお父さんと子どもを見て、秘密を維持していくのがこんなに苦しいなんて、と悲しくなるかもしれません。
このようになってしまう家庭は、精子提供で子どもをつくった家庭の中の、ほんのわずかだと思います。でも、こういう家庭で育ち、何かのきっかけで偶然、自分とお父さんは血がつながっていない事実を知ってしまった子どもは、知った時からとても大きな、暗い荷物を背負うことになります。
子どもは「自分の情報の一部として」提供者の情報を求める
もう一つ大事なことは、子どもの中に、「どうしても提供者に会いたい」「こういう情報を確かめたい」と思う子どもがいる、ということです。これは最近多くなってきた、親が子どもにきちんと、「提供してもらった精子や卵子で生まれた」ことを伝えた場合でも起こります。もちろんそれは前に述べたように「本当の親を探す」ということではありません。親は、目の前にいるお父さんやお母さんで間違いないのですから。
子どもが提供者に会いたい、あるいは提供者のある情報を得たい、と思うのは、それが自分自身の情報であるからです。
みなさんは、(進学や就職など)人生の重大な決断をするときにふと、「自分の親はこういうことが得意、こういうことは苦手、それを考えると自分はこういう仕事が向いているかも」と、思ったことはないでしょうか。たとえば親がスポーツ選手なら運動や体を動かす仕事、親が学者や学校の先生なら頭を使う仕事、などです。あるいは人生後半に差し掛かった時に、「親を見るとこういう体の癖や弱点がある、だから私もこの点にはこれから注意していこう」と思わないでしょうか?「親の血圧が高いから、これからも血圧に気をつけなくちゃ」「うちはがんの家系だから」などです。
こういった才能や体質は確かに遺伝するのですが、たくさんの遺伝子が関係しているので遺伝子検査をしても正確には分かりません。会って、話をすることでしかわからない情報が多いのです。これが、子どもが提供者に会う必要性の一つです。
精子提供・卵子提供のこれから
親が子どもに、提供してもらった精子や卵子で生まれてきたことをきちんと伝え、子どもが提供者にいつでも会えるようにすれば、こうした家庭は両親と血がつながっている家庭と同じように暮らして行けることが分かっています(図3,左)※2。反対に、事実を隠して、あとでわかった時には子どもが大きく傷つくことがあることも、確かなのです(図3,右)。
今、日本は、(昔はみんなが当たり前だと思っていた)提供者と子どもが会えない仕組み(匿名での提供)を維持しています。ですがこの仕組みは、少数ですが確実に、「どうしても提供者の情報を知りたい、会いたい」という子どものニーズを無視しなければならないというジレンマがあります。親に話してもらえなかったり、提供者に会えないために不幸になってしまう子どもがいることは、ある意味この治療のまれではあるが、重大な副作用と言えるでしょう。
医学は、それがどんなにまれであっても、重大な治療の副作用を丹念に減らすことで進歩してきました。子どもが安心して提供者に会って、子ども自身の情報を自由に得ることができるような、新しい仕組みをつくる時期に来ていると思います。
参考文献
※1. Lampic C, et al. National survey of donor-conceived individuals who requested information about their sperm donor-experiences from 17 years of identity releases in Sweden. Hum Reprod. 2022;37(3):510-521. PMID: 34918081
※2.Kuji N, et al. Donor insemination for heterosexual couples: A practice in
transition. Reprod Med Biol. 2023;22(1):e12496. PMID: 36699955