先進医療って、どんなもの?
~保険の中の自費診療~
「本日のお会計は、保険診療分が1万円、先進医療が2万円になります」。
不妊治療は保険が効かない治療が多いって言われていたけど、病院にきて、先生に勧められた治療を受けているのに保険が効かないって、何となくムズムズする…それに、時々先生の話に出てくる「先進医療B」とか「先進医療A」って、どういうこと?この治療は2000年より前からやっている医療だとインターネットに書いてあるけど、そんな古いものが「先進」って???
病院のお会計や診察室で、こんな疑問をもたれた方は少なくないのではないでしょうか。いったい「先進医療」とは、どんなもので、いつできたなのでしょう?これには実は長いお話があるのです。
先進医療の始まり~高度先進医療
1980年代から、ある人には効果があるのはわかっているが、従来の治療法に比べて費用がかなり高額な、特殊な医療がありました。またその多くは強い薬や放射線・高度な手術の技術などを必要とするため、場合によっては患者さんにかえって害になってしまう恐れもありました。費用が高額になるのは高額な装置が必要であるばかりでなく、術前・術後のケアや機械の取り扱いにも様々な注意が必要なため、この特殊な医療に専門知識のある看護師や、機械を扱う専門家がそろっている大きな病院でないと治療そのものを行うことが難しいものでした。
それでも、がんなどにかかった家族のため、家計が苦しくてもできるだけのことはしてあげたいという患者さんは多かったため、医療を管轄する役所(その頃は厚生省)が認めた限られたいくつかの医療技術について、入院費や薬代などその病気にかかる基本的な医療費は保険で、特殊な医療費だけは自費で、という仕組みが当時の中曽根内閣の下、1986年にできました。「高度先進医療」と呼ばれたこれが、いまに続く先進医療の始まりです。
そしてこれが、保険と自費を一緒に使うことができる、厚生省が認めた「混合診療」の始まりだったのです。
最初に認められた先進医療の中には、「脳血管内手術」や「内視鏡胆管結石除去術」(表1)など、いまでは保険診療になっているものも多く入っています。説明したようにこれらのほぼすべてが大学病院、その中でもその医療技術に特に習熟している大学でしかできない、というものでした。最先端の機械と、「エースチーム」みたいなその医療に特化した多種の医療職がそろっているところでしかできない医療だったのです。

保険財政の悪化
高度先進医療が認められた1980年代は日本の人口もまだ増えており、高度経済成長期の最後の時期でした。若い働き盛りの世代の人たちが多く、保険診療で国が直接・間接的に負担しなければならないお金はいまよりずっと少なくてすみました。その証拠に、(今では夢のようですが)保険に入っている本人の負担割合は、保険点数の1倍、つまり一割負担だったのです。
ところが、1990年にバブルがはじけ、日本は長い不況に陥って、保険を支えてきた企業の余裕も減ってきます。同時に平均寿命延長によってお年寄りが増え、お年寄りにかかる医療費増大が起こります。さらに医療はどんどん高度化して、よく効く薬や、効果のある手術法が次々に出てきますが、どれも今までの治療よりお金のかかるものでした。
こうして保険の枠組みは、医療費が増大するために保険料を払う国や、企業などの負担がどんどん大きくなっていったのです。保険料が払えないために倒産する企業まで出て、このままでは日本の保険制度はいつか破綻することが、目に見えていました。
小泉改革
ここで日本の経済を立て直すために大きな改革が必要、として小泉内閣が登場します。「自民党をぶっつぶす」というスローガンを覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、2005年に郵政民営化を旗印にした選挙で圧勝すると、国の赤字を減らすために大胆な政策を次々に打ち出します。その一つの柱が医療制度改革でした。
医療制度改革の一つとして(残念ですが)保険本人の負担は3割に上がりました。また、それまで無料だった70歳以上の方にも、1割の負担をしてもらうようになったのです。
保険外併用療養費制度の登場
そして、この時同時に出された改革が「保険外併用療養費」でした。
従来の薬や手術でもある程度効く病気に対して新しい治療法が出たとき、出始めで高価な間は効果を確認する意味でも自費で国民に医療費を払ってもらい、効果の程度や実際に効果のある患者さんがはっきりしたあとで保険にしていく、という制度です。
早く使いたい人は高いお金を払ってください、少し待ってくれれば安くなるかもしれません、というこの制度は、一昔前のレンタルビデオに例えると新作、準新作、それ以外、と時間が経つほどレンタル料が安くなる、というのに似ているかもしれません。新しい薬の効き方は今までの薬より確かにいいけれど、今までの薬でもそこそこよくなる、という場合にはこのやり方は一つの考え方かもしれませんね。
ただ、どうしても新しい薬を使わないと病気が治らない方もいらっしゃるので、新しい薬にかかる部分は自費だけれど、それ以外の検査などは保険を使っていいですよ、というのがこの「保険外併用療養費」でした。医療保険の制度を長く続けて行くために、できるだけ税金で賄う医療費(保険部分)は少なくしなければならない、と考えて、医療費の国や企業の負担を下げるために、この制度をどんどん拡充していく方がよい、と考えた政治家もこの頃多かったのではないかと思います。
混合診療の問題点
ですが、最初の「高度先進医療」と違って、この「保険外併用療養費」は、お金を持っていればよい医療が受けられるという、これまでの日本が拒否してきた「医療の平等」に真っ向から背く制度です。例えば本当に珍しいがんなど命に関わる病気で、限られた人だけが関係するなら許せます。でも重症の風邪が流行って会社の半分の人がかかった時に、保険がきくこれまでの薬を飲んだ社員は5日熱が出て休まなければならない、でもお金がたくさんある社長や部長は自費の高い薬を飲んで1日で元気になる、というのは何となく嫌な感じがしますよね。
この医療を認めるかどうかという議論の中で「混合診療」とはっきり言っていたことがあったことからもわかるように、そういうことを含めて医療を改革しようとしたのが小泉改革だったのだと思います。それでも認める方向に進んだのは、簡単に言えば「国はもう最低限の医療にしかお金を出す余裕がない、自分の求める医療を受けたい人は、自己負担で受けてください」ということだったと思います。
2006年に始まったこの「保険外併用療養費制度」は当時でも、「(大多数の国民が受ける)最低限の医療の質を下げる」という猛烈な非難も浴びましたが、自由に医療を選択できるという意味で賛成意見も多かったのです。
そしてこれは今までの「高額な機器とエースチーム」という例外的な措置ではなく、「(非常に新しくはないが)ある程度先進的な医療を自費診療(混合診療)として認める」ことによって保険財政を維持する、という大きな方針転換だったのです。
先進医療AとB
こうして「保険外併用療養費」は、これまでの「高度先進医療」とは違う概念で始まり、二つは併存することになりました。管轄する部局も当初、前者は保険局医療課、つまり保険医療を堅持するべき立場の部局が、医療に使うお金がないためやむを得ずバランスを取りながら混合診療を認める、後者は今まで通り医政局、つまり本当に先進的な医療を国家レベルで進める部局が管轄する、という形になっていました。こうしてできた「保険外併用療養費制度」は現在「先進医療A」、「高度先進医療」は「先進医療B」と名前を変えて、いずれも保険局が管轄するようになっています。
不妊治療の分野では先進医療が多いのですが(表2)、そのほとんどは先進A、つまり保険外療養費です。先進医療で認められている27の医療のうち、11の医療が不妊関係ですので、比率としてはかなり高くなっています。対して、「高額な機器とエリートチーム」の先進医療Bは、42の医療中不妊関係はわずかに1件のみですので(タクロリムスは現在保険適用申請中)、明らかに比率が低いことがわかります。先進医療Aには、がん治療に関係する医療が多く入っています。
不妊治療は、小泉改革で作られた保険外併用療養費の恩恵をかなり受けているともいえますが、できればこれらの医療も含めて保険診療ができるようになり、患者さんの負担がより下がることを期待したいと思います。
