Noah ART Clinic武蔵小杉(ノア・アートクリニック)

不妊治療コラム

受精卵の染色体異常って、なんでこんなに多いの?
~染色体の不安定性とヒトの進化~

三回の流産を経験した30代前半のご夫婦。三回目の流産の時に、先生にすすめられて絨毛(胎盤)の染色体検査をしました。その結果、染色体の1番と16番が、通常の2本ずつではなく、3本ずつあることがわかりました。え、二つも染色体が多い?そんなに異常が多いって、私たち自身の健康は大丈夫なの?

でも先生は明るく、「この程度の染色体異常は、それほど珍しくありません。次回の妊娠でも流産はそれほど多くなるわけでもありませんし、何より今後生まれてくる赤ちゃんに病気が多いわけでもありませんよ」とのお話。

受精卵を戻しても着床しないとき、原因の多くは受精卵の染色体異常だと説明されます。
でも染色体の異常って、なんでそんなに多いのでしょう?
それは、染色体が「進化しやすい」ようにできた構造だからだと考えられています。

 

生物は遺伝子を複製して新しい遺伝子を作ってきた

生物の進化は、DNAの配列が変わって、新しい遺伝子ができることによって起こると考えられています。ですが、新しい、それもちゃんと機能するタンパク質を一から作り上げるのは、山から木を切ってきて家を建てるようなもので、ものすごい手間がかかります。世知辛い生存競争の中では、そんな時間のかかることをしていたらすぐ、食べられてしまいそうです。

そこで生物が新しい遺伝子をつくるときには、普通これまであった遺伝子を下敷きにして、新しい遺伝子をつくります(図1)。そのとき、元の遺伝子(図1.a)が機能しなくなると困るので、まず遺伝子をコピーして(図1.b)、その一方の遺伝子配列を変えて(図1.c)新しい機能を持った遺伝子をつくるのです。こうしてできた新しい遺伝子は、元の遺伝子と形は似ていますが、まったく機能の違う遺伝子ができることが多く、一方で元の遺伝子はそのままの形で残って機能しているので、生存競争に負けなくて済むわけです。こうしてできた遺伝子をまとめて、「ファミリー」と言っています。

染色体がコピーされるとコピー遺伝子を大量に作ることができる

ですが巨大な昆虫、かたい殻をもつ海洋生物、巨大な恐竜、こういう世界を席巻するように繁栄した生物に、生存競争で打ち勝つのには、かなりたくさん、新しい機能の遺伝子をつくらなければならなさそうです。

そこで、考えられたのが染色体ごとコピーする、という妙手です。とくに染色体の本数をちょうど2倍にするという一見乱暴な方法は、遺伝子の割合が変わらないために子どもが生き残ることが結構あります。染色体数が2倍になれば、いきなり同じ遺伝子が二つずつできることになりますから、例えば図2であればいっぺんに4つの遺伝子をコピーすることができます(図2.b)。例えばヒトの染色体では一つの染色体が持つ平均の遺伝子数は400程度ですから、いきなり400個の新しい遺伝子をつくる余力が出てくるわけです。

染色体数が2倍になった子どもがどうやって子孫を残したのか(周りは倍ではない同種の動物ばかりですから、これとつがいになっても子どもは普通できません)、また染色体の数が倍になることが実際どのようなメカニズムで生存競争に有利だったのかまでは詳しくわかっていませんが、人間の先祖である魚類ができるまでに、染色体の数は2回、2倍になったことがあるということは昔から推測されていました。なお、この推測を初めて行ったのはアメリカに渡って活躍した、日本人の研究者です※1

脊椎動物の染色体が2倍になったことが過去2回あったと考えられる

最近の仮説では※2、脊椎動物の染色体はもともと17本だったといわれています。その後、染色体が倍になるイベントが4億5000万年以上前に起こって34本の染色体に複製され、その後7回、二つの染色体が一つになる「融合」が起こって27本となり、これがさらに倍になって54本になった、といわれます。その後再び4回、二つの染色体が一つになる「染色体融合」が起こって50本となり、これが現在の脊椎動物の祖先である魚の染色体の原型となったといわれています。

地球ができたのは約45億年前、34億年前に生命が誕生しましたが、恐竜が繁栄したのはたった(?)2億年くらい前のことです。それよりずっと前、アノマロカリス ※3と呼ばれる体長30cmくらいのエビのような硬い殻を持った生物(バージェス動物群,節足動物)が海中を悠々とおよいでいた時代に、我々の先祖である脊索動物(現在のナメクジウオに形が似ている小魚)が生まれます(図3)。そのころ、この染色体が2倍になる現象が起こって、我々の先祖はアノマロカリスたちに捕食されながらも、すこしずつ生存競争に勝てる力を蓄えてきたのです(図4)。

進化して顎をもった魚が我々の祖先である

染色体が多くなった後だと思われていますが、海に住んでいた我々の祖先である魚は「顎」を獲得します。それまで、栄養になる生物やプランクトンを「吸い取る」だけだった魚が、硬いものまでかみ砕いて食べることができるようになったのです(図4)。

我々がヒトとして進化してくるためには、染色体の大規模な異常がどうしても必要だった、そのおかげで宇宙まで出て行けるようになった、と思ってみると、染色体異常が原因で流産を経験した方も、少しは気が楽に・・・なりませんか?

 

DNAが変わってきた歴史で、分類学は見直されている

さて、いままで「形」に頼っていた生物の分類学は、最近DNAの類似性で「祖先と子孫」というつながりがわかってくるようになりました。これは、2000年頃にヒトで解析された生物の全DNA配列が、他の動物や植物でも解析され、さらに何万という遺伝子が似ているか、似ていないかをAI(人工知能)が判断してくれるようになったために可能になった学問です。この分類の仕方の詳細は、いろいろなところにありますので、興味がある方は是非、一度お読みになってください※4

このDNAを用いた分類学(分子系統学:molecular phylogenetics)は、これまでの分類学をひっくり返す可能性があります。そのため、今教科書から昔の爬虫類とか、両生類etcという呼び名が、一旦消えつつあります。

身近なところでは、東北の方はよくご存じの「ホヤ」(図5)、実は分子系統学的にはヤツメウナギより人間に近い、ということになっています。ちょっと変わった味ですが好きな人にはたまらない酒のつまみ、話題の一つにしてみてはいかがでしょうか。

参考文献

※1 大野乾。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8E%E4%B9%BE

※2 Sacerdot C, et al. Genome Biol. 2018;19(1):166. PMID: 30333059

※3アノマロカリス。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%83%9E%E3%83%AD%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%B9

※4沖縄科学技術大学院大学。古生代における種間交雑:脊椎動物における全ゲノム重複の真実が明らかに。

https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2020/4/22/promiscuity-paleozoic-researchers-uncover-clues-about-vertebrate-evolution

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