Noah ART Clinic武蔵小杉(ノア・アートクリニック)

不妊治療コラム

不妊治療・検査

男性不妊だとどうして良い胚盤胞ができないの?
~精子DNAの断片化と良好精子選別法~

 精子DNAの断片化って何?

もともとご主人の精子運動率が少し低めで、顕微授精で治療を受けているお二人。

前核はいつも、半分以上の卵子でできていますし、その後分割を始めるのですが、胚盤胞になる受精卵の率が普通より少ないそうです。そこで精子の質を調べる、「精子核DNA断片化の検査」をしましょう、と先生からすすめられました。検査をしてみたところ、断片化している精子の割合は30%を少し超えており、「それなら断片化していない精子を選ぶ方法があるので、先進医療ですが試してみましょう」とのお話し。

「DNAの断片化」って、DNAが壊れているってこと?大事な遺伝子が壊れて赤ちゃんに異常が出てきそうだけど、大丈夫なのかな?そもそも、断片化している精子の核の中って、どうなっているの?(図1)

というわけで、今回は精子DNA断片化検査の話です。

精子DNAの「安定性」とは?

精子DNAはもともと非常にコンパクトに固められていて、卵子に入ってほどけるまでは外界の影響を受けにくい、ということは前にこのコラムでもお話ししました(2024/9/17 精子の凍結保存)。

しかしその安定性は男性によって、また同じ男性でも精子によって少しずつ違っていて、ある人は非常に安定で化学物質などの影響を受けにくい精子を多く持っているし、別の人は比較的安定性の低い精子を多く持っていることは昔からわかっていました。また、100%安定な精子を持っている男性も、100%不安定な精子を持っている男性もいないこともわかっていたのです。

まず精子DNAの「安定性」を調べるための検査法が、どのようなものか見てみましょう。

今から40年以上前の1980年、ちょうど体外受精が始まったころ、アメリカの研究者Donald Paul Evenson博士は、精子のDNAを薄い酸性溶液に浸すと部分的にDNAの二本鎖が外れて一本鎖となり(図2)、そこに特殊な色素を作用させると安定な状態のDNAと、不安定で部分的に結合が外れて一本ずつの鎖になったDNAを染め分けることができること、そしてそれをもとに色分けした「安定なDNAを持つ精子」と「不安定なDNAを持つ精子」を評価することで、男性の精子が赤ちゃんを作る力が強いかどうかを推測できるかもしれないことを報告しました。Evenson博士の報告はほぼそのままの形で現在、「安定なDNAを持つ精子」が緑に染まり、「不安定なDNAを持つ精子」が赤く染まることを利用して、各々の精子を数えて赤い精子の割合を「断片化指数」(DNA fragmentation index、DFI)とするSCSA(Sperm Chromatin Structure Assay)法※1として使用されています(図3)。

ただ、この検査では染め分けた精子をフローサイトメトリーという高価な機械で分析しなければならないため、検査自体も高価になります。そこで最近では、同じく薄い酸性溶液に精子を浸したとき、安定している精子のDNAが、糸巻きを外すと糸がワッと広がって綿アメのようになる(Halo;「光の輪」とか、「後光」という意味です)ことを利用して、この綿アメ精子(Haloあり)と、そうならない精子(酸でDNAが傷ついている精子;Haloなし)を数えて、綿アメにならない精子がどの程度含まれているかを「断片化指数」とする検査(SCD法、sperm chromatin dispersion assay)が普及しています(図4)。

二つの検査のどちらも、精子核にある大事なDNAの二本鎖が「薄い酸の影響」に対してどのくらい安定していて、1本ずつにほどけにくいか、ということを基準に検査しているわけです。

DNAが傷ついていない精子を選ぶ方法

さて精子DNAの「安定性」を調べる検査法は、その後ずっと研究レベルでは頻繁に用いられてきたのですが、実際の不妊症の治療現場ではあまり注目されませんでした。その理由は、何より緑の精子を(生きたまま)効率よく集める方法がなかったためでした。ところが最近、断片化率の少ない精子をかなり正確に(ほぼ100%)選別することができる方法ができたことで、この「断片化率」の検査が見直されています※2。特に、この方法(ZyMot法)で選別した核DNAが安定した精子を用いると妊娠率・出生率が上がった、という報告や、精索静脈瘤という病気の場合、手術をしてこの病気を治すと、断片化率が下がることが多いこともわかってきました※3

精子DNAに傷があっても赤ちゃんは大丈夫?

ただ、「傷がついた精子が受精しても、受精卵や生まれてくる赤ちゃんに影響は出ないの?」と心配になる方もいるかもしれません。結論からいえば、それほど心配することはないだろうと、現在は考えられています。その理由は、卵子が精子のDNAを安定させるように守っているからだと考えられています。

精子の核の中では、お話ししたようにDNAは概ね安定しているのですが、それでも「安定しているDNAを持つ精子」でも、少ないですがDNAが不安定になっている箇所があります。実はほとんどの細胞で、DNAからタンパクを作るためにmRNAを作るとき(転写)、あるいは細胞が分裂するとき、DNAは一時的に不安定な状態になります。そこで間違いが頻繁に起こっては、細胞は生きていけません。そのため、DNAが一本鎖になったり、鎖が完全に切れてしまったりしたときに、すぐに修復できる仕組みが備わっています。特に卵子の細胞の中では24時間、傷ついたDNAを修復する作業が行われています。グリム童話の「こびとのくつや」みたいに、卵子は目に見えないところでいつもDNAの修理をしてくれているのです(図5)。そのため、少しぐらい精子に傷がついていても、卵子の強い修復力が精子の傷を修復して、受精卵や赤ちゃんに問題は起こらないと考えられているのです。

精子DNAの傷が多いと胚盤胞ができにくい?

ところが、あまりに傷が多かったり、傷の程度がひどかったりすると、修復しきれなくなります。卵子は元々、精子の力を借りずに自分だけで8細胞くらいまでは分裂する力を持っているのですが、8細胞以降になると精子のDNAの持っている力が必要になるため、「受精して分裂はするけれども、胚盤胞への発生率が悪い、あるいはグレードのいい胚盤胞ができない」という影響が出てくるのです。そのため、精子運動率が少し低めで、受精率も低くなくて分裂を始めるが、胚盤胞になる受精卵の率が普通より少ない、あるいはグレードが低い場合に、断片化が多い可能性を考えることになるわけです。

断片化を起こす一つの原因として、たばこ、アルコールなどの生活習慣も考えられていますが、たばこ以外はあまり強い相関はないようです。男性にとっても不妊治療は大きなストレス、避けられるものは避けた方がよいですが、あまりに神経質になるのは治療を継続するうえで、逆効果になることもあるかもしれません。

結論として、精子の運動性や数が少し低めで、受精卵はできるのだけれど受精率や、凍結できる胚盤胞になる確率が低い場合には、断片化の検査や、選別を考えても良いかもしれません。ただ、幸いなことに今のところ、断片化指数の高い精子で赤ちゃんに影響が出てくる、というはっきりした報告はなく、生まれてくる赤ちゃんの異常にはつながらないと考えられています。

SCSA法を開発:Donald Paul Evenson

ところで、SCSA検査を開発したEvenson博士が生まれたのは、アメリカIowa州のStory Cityというところです。

Iowa州はシカゴの南、トウモロコシ畑が延々と続く農場地帯です。
Iowaといえば1989年の名作「Field of Dreams」、トウモロコシ畑を開いて作った野球場に最初に現れた伝説の野球選手Shoeless Joe Jacksonの「Is this heaven?(ここは天国かい?)」という言葉に主演のケビン・コスナーが「No, it’s Iowa(いいや、Iowaさ)」と答える名場面を、覚えている方もいらっしゃるかもしれません(この映画はアメリカ人にとって「ふるさと」みたいな映画で、何か人生の悲しいけれど大事なイベントがあった後でみると、日本人である私でさえいつも涙が出てきます)。映画に出てくる野球選手たちも、なぜ我々がよく知るべーブルースなどではなく、「靴なしジャクソン」なのか、いろいろな伏線がおりこまれていて、少し調べてから見るとさらに面白いと思います。いずれにしてもアメリカ人にとって「Is this heaven? No, it‘s Iowa」という言葉は、「敵は本能寺にあり」くらい、有名です。

Story CityはそのIowaのほぼ中心部にあり、町の創建のころデンマーク、スウェーデン、ノルウェーなど北欧諸国からの移民が多かったようでいまでもつながりが強く、6月の第二日曜日にScandinavian Daysという、北欧の「夏至の祭り」にあたるお祭りが開かれています。Evenson博士の母はMildredで英語圏によくある名前ですが、父のHaroldという名前もさりながら、Evensonという名字は明らかに北欧系で、ノルウェーではEvensonのつづりそのまま、デンマーク、スウェーデンも似たつづりで、アメリカに移ってきたときにこの三国の綴りは英語風にEvenson、あるいはEvensenに収束したといいます。

(全くの推測ですが)博士のお父さんは、近くの町からこのお祭りにきたお母さんを見初めて結婚したのかもしれませんし、博士も子どものころ、トウモロコシをかじりながら角のついたバイキングの兜をかぶって、友達と剣闘士ごっこをしていたかもしれませんね。

参考文献

※1 Sperm Chromatin Structure Assay. Wikipedia.

https://en.wikipedia.org/wiki/Sperm_Chromatin_Structure_Assay

※2 Smith A, et al. Aust N Z J Obstet Gynaecol. 2026;66(2):e70095. PMID: 41885178

※3Esteves SC, et al. Andrologia. 2021;53(2):e13874. PMID: 33108829

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