第9回 受精と透明帯の役割について
みなさん、こんにちは。培養士の石黒です。
お久しぶりになってしまいましたが2021年も培養士コラムをよろしくお願いいたします。。
さて今回は、受精と透明帯の関わりについてお話ししたいと思います。
体内にて受精が起こる場合、卵巣から排卵された卵子は卵管の先にある卵管采というところにキャッチアップされ、卵管に入ります。それから卵子は卵管から子宮の体部に向かうのですが、その途中の卵管膨大部で精子と運命の出会いをはたします。
受精した卵子は卵管を進み、着床の場となる子宮内膜に辿りつきます。
ここからは、より細かく受精の様子をお話ししていきます。
卵子に出会った精子は、卵子の中に入り込もうとします。
卵子は体内で卵子だけで存在しているのではなく、卵子のすぐ外には卵の殻にあたる透明帯があり、透明帯の周りには卵丘細胞という細胞の層が存在します。
したがって、精子はすぐに卵子までたどり着けるわけではなく、これらをくぐり抜けていかなくてはなりません。
最初に通過するのは卵子をとりまく卵丘細胞層です。
卵丘細胞層はヒアルロン酸を含みます。そのため、ここを通過するにはヒアルロン酸を溶かす酵素と、通過するための精子の運動性が必要です。
その次に待ち受けるのが透明帯です。
卵丘細胞層を通り抜けた精子が透明帯に接着すると精子は先体反応を起こします、精子の先端部分は少し形を変え、多くの酵素を放出します。
先体反応で放出された酵素で透明帯を分解するとともに、ハイパーアクチベーションという運動性が上がった精子による推進力で透明帯に小さな穴を開けながら通過します。
卵子と透明帯の間にある空間の囲卵腔にたどり着いた精子は、卵子の卵細胞膜に接着し、膜融合をします。
膜融合をした精子は卵細胞質内へ侵入します。この時の卵子はまだ細胞の中に遺伝子を2セット持っています。しかし正常な受精をするにはこれを1セットにする必要があります。それには卵子の活性化を起こすことが必要になりますが、これを引き起こすのが精子の侵入です。
これにより、卵子は細胞外に遺伝子を1セット放出(極体放出)し、残った1セットは雌雄前核というものになります。(よろしければコラム『第3回 卵子の成熟と受精卵の発育について』も併せてご覧ください。)
また、精子は頭の部分と尾の部分が分かれて、頭の部分から雄性前核を形成します。
その後2つの前核は徐々に中央に移動したあと融合し、雌雄前核と雄性前核の染色体が合わさり、ここで受精が完了します。
ここからは卵子側の透明帯に注目してお話ししていきます。
透明帯の役割は大きく分けて二つあります。
1つ目は多精子受精を防ぐことです。
cIVF(体外受精)で受精が起こる場合も体内の卵管で受精が起こる場合も、卵子の周りには多数の精子が存在し、複数の精子が卵子に侵入する可能性があります。
多精子受精を防ぐ機能は卵子の周りの卵子細胞膜と透明帯の両方に存在しますが、ヒトの場合は主に透明帯がその役割を果たします。
卵子と精子の細胞膜が融合し受精が起こると、卵子の表面の細胞は透明帯に働きかけ、透明帯に変化を起こします。
変化を起こした透明帯は硬くなり、硬くなった透明帯に対して精子は結合することができなくなります。また、透明帯を溶かすような物質に対しても抵抗性を示し、強くなるといわれています。
2つ目の役割は着床前の初期胚の保護です。
分割した初期胚は、分割が進むとやがて細胞同士がくっつき始め、境界が無くなるコンパクションという現象を起こします。もし透明帯がなかったらコンパクションを起こす前の初期胚はばらばらになってしまう可能性があります。
また、もし胚の透明帯がない状態で卵管や子宮を移動すると、移動の間に組織の上皮細胞に吸収されてしまうことが考えられます。
また、初期胚は細胞の表面に母体にはない特異的な抗原をもちます。そのため、初期胚を異物だと認識した母体の免疫反応の攻撃を受ける場合があります。
透明帯はこのような障害から胚を保護する役割を担っています。
今回は少し難しいお話になったかもしれませんが、受精と一言にいってもたくさんの機構が働いて晴れて受精卵になります。
卵子には卵子なりの、精子には精子なりのたくさんの役割を持っています。
今回のコラムでその役割を少しでもみなさんにお伝えできたのではないでしょうか。
今年もみなさんのお役に立てるような情報を発信していきますのでよろしくお願いいたします。
石黒