第24回 AGA(男性型脱毛症)治療と不妊治療は両立できる?エビデンスデータから解説
皆さんこんにちは 培養室の鈴木です。
まだまだ寒さの厳しい日々が続いていますね。
私はついつい温かくお手軽な鍋ばかり食べてしまっている今日この頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
さて、今回のコラムでは男性型脱毛症(AGA)に対する治療薬と男性不妊との関係についてお話してみようと思います。
AGA(男性方脱毛症)は思春期以降の男性に起こる脱毛症で、特に30~40代における発症率が高いとされています。
30代ですとまさに妊活のタイミングと重なってくることもあり、AGA治療薬を服用しながら不妊治療に臨んでも問題ないのかと悩まれる方もいらっしゃるようです。
AGA治療薬とはどういったものなの?
AGAの原因物質にはジヒドロテストステロン(DHT)という男性ホルモンの一種が挙げられます。
これは5α還元酵素という酵素によってテストステロンから作られるのですが、
AGA治療薬はこの5α還元酵素の働きを阻害することによりDHTの産生を抑えて脱毛の進行を遅らせる薬とされています。
代表的なものとして “フィナステリド”と“デュタステリド”などがあり、それぞれ“プロペシア”、“ザガーロ”等の製品名で作用機序は同じ薬ですがデュタステリドの方がより強力に作用します。
AGA治療薬は精子の所見に影響する?
上記のようにAGA治療薬は男性ホルモンが作られるのを抑える薬なので、必然的に副作用として男性機能の低下に関するものがあげられてきます。
いずれも低い確率ではありますが、性欲の低下が1~5%未満、ED、射精障害、精液量の減少が1%未満で発現するとされています。
男性不妊、精液の質低下については頻度不明とされていますが、これらに関しては影響するという報告と大きくは影響しないという両方の報告がありますので紹介していきたいと思います。
大きく影響しないとする報告
①1999年の米カリフォルニア大学デイビス校産婦人科からの報告で、二重盲検無作為化比較試験で解析された信頼性の高い検討です。
健康な19~41歳の男性181人を無作為にフィナステリド1mg/日もしくは偽薬を内服する群に分けて48週間投薬を行い、その後60週間の休薬期間を設けて精液所見の比較検討を行ったところ、精子濃度、総精子数、精子運動率、正常形態率に有意な変化は見られなかったというものでした。
②2007年ワシントン大学医学部からの報告では、同様の二重盲検無作為化比較試験でフィナステリドとデュタステリドの投与がDHTと精液所見に与える影響について検討しています。
平均年齢35歳の99人の健常男性を対象に、無作為にそれぞれフィナステリド5mg/日、デュタステリド0.5mg/日、偽薬を投与する群に分け1年間投与を継続し、投与開始時、投与26週後、投与52週後、投与終了後24週目にそれぞれテストステロン値、DHT値、精液検査を行っています。
結果、DHT価については両群ともに優位に低下していました。
精液所見は両群ともに26週目で総精子数が有意に低下していましたが52週目および投与終了後24週目では投与前と比較して有意な差はないという結果でした。
こちらの検討では、もともとの総精子数の平均が200×106と十分な数がありましたので有意に低下したとしても深刻な問題にはならない範囲に収まるというものでした。
影響があるという報告
①2013年のカナダ、マウントサイナイ病院泌尿器科からの報告です。
この研究は不妊症の評価のために受診した男性の診療情報を収集しているデータベースに2008~2012年の間に登録された4400人の男性患者のなかから、受診当初にフィナステリドを内服していた27人のうち検査が可能であった14人のフィナステリド服用中止前後の精液所見を比較検討したものです。
平均年齢は37歳、フィナステリドの平均投与期間57.4カ月、平均投与量は1.04mg/日でした。
結果、精子運動率と精子形態に有意な変化はありませんでしたが、フィナステリド服用中止後、平均の観察期間6.45カ月の間に精子濃度は平均で11.6倍と有意な増加を認めていました。
特に精子濃度が500万/mlの高度乏精子症の群での改善が顕著で、57%が投与中止後1500万/ml以上まで精子濃度が増加したという結果でした。
まとめ
これらの報告から言えることは、AGA治療薬は若くて精液所見にもともと問題のない男性であればそれ程深刻な影響はもたらさないであろうと言うことです。
すなわち、精液所見の悪い方や不妊治療の成果がなかなか得られないという方においては使用を控えるべきであるということになります。
AGA治療と不妊治療に関しては論文も多く出ておりますが、明確な結論が出ていないのが現状です。
しかしながら、不妊治療を優先して考えるのであれば、喫煙や過度な飲酒等と同様にAGA治療薬も“妊娠の可能性を下げる恐れのあるもの”として避けるべきところなのでしょう。
一方で、当事者の男性にとってはAGAもまた切実な問題であると思われます。
まずは専門医に相談をして、ご夫婦にとっての不妊治療の緊急性、AGAの進行度、男性側の精液所見など様々な状況を鑑みて適切なアドバイスを受けることが大切なのではないでしょうか。
〈引用文献〉
・Overstreet JW, et al. ”chronic treatment with finasteride daily dose not affect spermatogenesis or semen production in young men” Journal of Urology, 1999.
・John K Amory, et al. “The effect of 5 alpha-reductase inhibition with dutasteride and finasteride on semen parameters and serum hormones in healthy men” Journal of Clinical endocrinology&Metabolism, 2007.
・Mary K Samplaski et al. “Finasteride use in male infertility population: effect on seman and hormon parameters” Fertility and Sterility, 2013.