Noah ART Clinic武蔵小杉(ノア・アートクリニック)

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顕微授精 ~安全なの?なぜすべて顕微授精にしないの?~

 

 

 

精子の力の低下で受精が起きにくい場合に
受精の確率を上げてくれる顕微授精

 

 

精子と卵子が一緒になって受精がおこりますが、これが新しい生命の第一歩です。

ところが、精子の力の低下により受精がおきない、あるいは非常におきにくいご夫婦もいらっしゃいます。
この様な場合、受精の確率を上げる方法として使用されるのが顕微授精です。

1960年代から、体外受精でヒトの精子と卵子を受精させることができるようになって、はじめてどのように受精が起こるのか顕微鏡で見られるようになりました。

 

卵子の構造と受精について

図1.受精と顆粒膜細胞層、透明帯

体外受精で採取された卵子は、顆粒膜細胞という細胞のシートに包まれています。
さらに、その内側に透明帯、という少し硬めのゼリーのような殻があって、卵子を守っています(図1 a)。

外からアプローチする精子は、卵子と一緒になるために最初は顆粒膜細胞の層、次に透明帯を通過して、ようやく卵子に到達することができます。
顆粒膜細胞の層の中では、細胞同士がやはり薄いゼリーのような「結合織」でくっついていて、一つの塊となっています(図1 b)。

イメージとしては、ブドウゼリーのようなものを想像していただければよいと思います。
ブドウやオレンジを貫通するのは骨が折れるように、顆粒膜細胞は貫通しにくいため、精子は比較的通りやすいゼリー(すなわち結合織)を溶かしながら、蛇行しながらすりぬけていきます。

ちなみにこの結合織の大事な成分は、保水成分として美容に重要なヒアルロン酸です。

顕微授精の歴史

初期は良い状態の精子のみが使われていた

体外受精が世界中で始まった1980年代には、体外受精の治療対象はご主人の精子の状態がよい場合に限られていました。

精子の運動率が悪かったり、数が少ない場合、顆粒膜細胞層や透明帯を通過できないために、たとえば「10個卵子がとれても、1個も精子が卵子に到達できない」つまり受精せず治療がうまくいかない、ということはよくあったのです。

動きの悪い精子でも健康な赤ちゃんが産まれる!

しかしその一方で、あまり精子の力がない場合で1個だけ受精した卵子でも健康な赤ちゃんができていたので、受精さえすれば精子の数が少なくても、動きが悪くても高い効率で不妊治療ができることがまず間違いないと考えられていました。

そこで、何とか人工的に弱い精子で受精を起こす方法がないか、世界中で様々な方法が試されます。

たくさんの医師が試行錯誤をする時代

 

図2.様々な顕微授精法

まず考えつくのは「顆粒膜細胞の層を人工的に取ってしまってはどうか?」でしたが、これはあまり効果がありませんでした(図2 a)。

その後

  • 顆粒膜細胞層を取ってしまった上で透明帯に穴をあける
  • 透明帯の中に細い管で精子を入れる(図2 b, c)

といった様々な方法が試されましたが(これらの方法はいずれも顕微鏡で卵子を見ながら受精を助けるために操作をしていたので、総称して顕微授精と呼ばれていました)、どれも受精する確率はあまり高くなりませんでした。

そして現在の顕微授精の方法が生み出される

最終的に1992年にベルギーで、注射をするように精子を卵子の中に刺してしまう現在も行われている(卵)細胞質内精子注入法(IntraCytoplasmic Sperm Injection、ICSI)という方法が、いままでの方法より段違いに受精の確率が高いことがわかります(図2 d)。

いまでは、顕微鏡の下の操作で受精を助ける顕微授精法のうち、ICSI以外の前述したような方法は行われなくなってしまったために「顕微授精」といえば「ICSI」のことである、ということになっています。

ICSIに残されたいくつかの問題

卵子に直接針を刺してもそれほど大きな問題はないと考えられる

ICSIが始まったころ、大切な卵子に針を刺して、大事な染色体や遺伝子に傷がつかないのか、世界中の医師が心配していました。

もちろん顕微授精をするときには、染色体に傷がつかないように様々な方法で工夫をしているのですが、そのために最近まで日本でも「顕微授精は実験的な方法である」とされていましたし、生まれた子どもに奇形や、染色体異常が多くならないかをずいぶんたくさんの研究者が調査してきました。

その結果、幸いなことに今では顕微授精をして生まれてきた子どもは、体外受精でできた子どもとこれらの異常が発生する危険性に差がないことが、ほぼ確認されています。

あいた穴を塞ぐために卵子はエネルギーを使う

それでも体内で自然に起こっている受精と違って、ICSIでは一度卵子に大きな穴をあけることになります。

卵子の直径は150ミクロン(0.15mm)、精子を注入するピペットの太さは10ミクロン弱ですから、150cmの身長の人のおなかに10cmの太さの注射(?)をするようなものです。

もちろん精子を注入する部分は、大事な染色体のある部分と違ってエネルギーや栄養を蓄えているだけですから、大きな異常が起こる可能性はまずありません。

それでも卵子は本来健康に発生するために使うエネルギーを、針であいた細胞表面の穴を修復するために少し使わなければならなくなります。

「精子と卵子が準備する」ことなく受精する

ICSIはこれ以外にも、普通は精子と卵子が寄り添って、ゆっくりと一緒になっていくはずなのに、全く準備ができていない卵子にいきなり精子を注入してしまう、という時間経過の違いもあります。

精子を太い針で注入するストレスは、卵子の力をやはり少し弱めるようです。

体外受精とICSIの比較

体外受精をしていると、「精子は元気そうでICSIは必要ない」と思われていても、実際に体外受精をすると卵子が一つも受精しない、ということがまれにあります。

そのためICSIが始まったころ、一部の研究者はすべての卵子をICSIにした方が妊娠率は全体として高くなると考え、体外受精を行うすべての患者さんにICSIを行ったこともありました。

しかしその結果、妊娠率は高くならず、現在では体外受精でもICSIと同じ受精率があるカップルでは、できた受精卵は体外受精でできたほうが元気であると言われています。

これも、卵子が受けるストレスのためかもしれません。

たくさんの方法が試されてきた顕微授精

余談ですが、精子が卵子に到達しやすいよう、透明帯に穴を開ける方法として、いろいろな方法が試されました。

  • 酸を吹き付けて溶かす
  • 2本の針で透明帯を引き裂く
  • 1本の針で透明帯を切る

…どの方法も卵子に接触する精子の数は多くなったはずなのですが、受精率はそれほど高くなりませんでした。
透明帯の中に精子を注入する方法も、何匹入れるのが適当か、真面目に学会で議論がされていました。

 

ヒトの体外受精の実験系としてよく使われるマウスでは、透明帯を取ってしまうと精子が入りやすくなることがわかっていたのでこれらの方法が試されたのですが、ヒトの体外受精卵子では、精子を入りにくくしている主なバリアは卵子の細胞膜であると考えられるようになりました。

現在の細胞膜の除去の方法

なお顕微授精ではまず外側の顆粒膜細胞の層を溶かして、卵子がよく見えるようにしてから針をさして精子を注入します。

この顆粒膜細胞を除くときには、ヒアルロン酸分解酵素(ヒアルロニダーゼ)という、前述した細胞間のゼリー部分、結合織を溶かす液を用いて細胞をバラバラにして除去しています。

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