Noah ART Clinic武蔵小杉(ノア・アートクリニック)

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卵子をたくさんつくる~体外受精の卵巣刺激

体外受精の成功率を少しでも高くするために、お薬を使ってたくさんの卵子を育てる方法を「卵巣刺激」と呼んでいます。

この卵巣刺激のために、体外受精では人工授精やタイミング法と違って、お薬を何日も飲んだり、注射を何回もしたりする必要が出てきます。

この卵巣刺激とはそもそもどんなものなのでしょうか。

また、たくさんの卵子を育てると多胎妊娠をすることになるのでしょうか。

今回はこの「卵巣刺激」についてお話します。

 

一回の生理周期では卵子は1個だけが排卵される?

何もしない自然の生理周期では、排卵する卵子は通常1個です。

でもその周期に育つ卵子は1個というわけではなく、実際には何個か育っています。

そしてその卵子のうちの1個だけが選ばれて、そして受精します。(図1、上段)。

 

図1. 卵を増やす仕組み

選ばれなかった卵子は自然淘汰される弱い卵子かというとそうでもなく、その中にも赤ちゃんを作ることができる強い卵子がいくつか、混じっています。

その証拠に1個めの選抜の仕組みがうまく働かないと、二つ、三つの卵子がいっぺんに排卵されて、それぞれの卵に別々の精子が受精して二卵性、三卵性の双子、三つ子が生まれることがあります。

 

体外受精の前から使われていたFSH(卵胞刺激ホルモン)

卵子を育てるFSH(卵胞刺激ホルモン)というホルモンを注射したり、飲み薬を使ったりして卵巣を刺激することは、体外受精がはじめて成功する1978年より前から病院で普通に行われていました。

ただ、このころはほぼ100%、FSHを作る能力が生まれつき少なくて、生理がなかなか来ない体質の女性に「ひとつだけの元気な卵子」を育てるのに使われていたのです。

 

それでもお薬が予想より効きすぎてしまい、双子や、三つ子が誕生してしまうということは比較的頻繁に起こっていました。

卵巣刺激による(と思われる)五つ子が鹿児島で生まれたのは、1976年、体外受精成功の2年前です。

このことから、このお薬を使えば赤ちゃんを作る力を持った卵子がたくさんできることは、わかっていたわけです。

 

卵巣刺激でたくさん卵子が育つのは、血液中のFSHを人為的に増加させることで、双子や三つ子を防ぐために、育つはずだったのに選ばれなかった卵子を使えるようにしていると考えられています(図1,下段)。

たまに自然でも起こる双子や、お薬でできてしまう五つ子の状態を、薬の量を調節して人工的に起こしているわけです。

 

生成できる卵子の総数が減ってしまわないの?

普通であれば選ばれないで捨てられてしまう(元気な)卵を、いわば再生して使用しているわけですから、体の中にある卵子の総数を減らすことはありません。

これはちょうど「双子や三つ子を生んだお母さんが早く生理が止まる」ということは考えにくいのと同じで、実際これまで行われた研究でも排卵誘発を過去に行った女性でも、行わない女性と生理が止まる時期はかわらない、といわれています。

 

もしこの薬が次の周期や、次の次の周期に育つはずの卵子まで前借りして使うのであれば、生理が止まるのが早くなったり、薬を使った後に、生理が数周期止まってしまう、ということもあり得るはずですが、そういう心配はありません。

 

卵子がたくさん育ちすぎないように身体が調整します

FSHというホルモンは、脳の一番奥にある、脳下垂体という小指の先くらいの組織から分泌されています。

このホルモンが出すぎると、前述したように育つ卵子が二つや三つになって、双子や三つ子が多くなってしまいます。

ですので、体の中では育った卵子(正確には、卵子の周りにある細胞ですが)から出てくるエストロゲンや、インヒビンというホルモンが血中で多くなると、たくさん卵子が育っていることを脳が感じ取ってブレーキをかけ、FSHの分泌を少なくするように調節しています(図2)。

 

図2. 脳下垂体と卵巣

このしくみは、キッチンや浴室にある給湯器の温度調節をしている、サーモスタットに似ています(図3)。

 

図3. サーモスタットのはたらき

 

出てくるお湯の温度を感じるセンサーがお湯の出口についていて、出てくる温度が下がると火を強くし、温度が上がると火を弱くします。

こうすることによって、いつも一定の温度のお湯を蛇口から出すことが可能になるわけです。

 

様々な治療法やお薬が調整に活躍しています

クロミフェン(商品名クロミッド)という薬は、このエストロゲンのブレーキを打ち消す薬です。

脳には、エストロゲンの作用を伝えるサーモスタットのスイッチ(レセプター)があるのですが、この薬を使うことにより、それが一時的に麻痺した(スイッチを切っている)状態になります。

サーモスタットが効かないために、お湯がどんどん熱くなるようにFSHがどんどん出てきて、複数個の卵子が育ち始めるわけです(図4、左)。

 

図4. クロミッドとFSH注射の違い

また、新しい薬でレトロゾール(商品名フェマーラ)という薬があります。この薬は、エストロゲンの合成を抑えます。

サーモスタットに行くお湯の温度を、配管を変えるなどして強制的に下げてしまうようなもので、クロミッドと同じように下垂体からのFSHの分泌が多くなります。

 

一方、hMGや遺伝子組換えFSH(商品名ゴナールエフ、レコベルなど)と言う薬は、FSHと言うホルモンそのものです。

鍋にいれたお湯をもう少し熱くしたいときに、脇から沸かしたお湯を注ぐのに似ています(図4、右)。

 

想像がつくようにサーモスタットを切っただけでは、(給湯器にも安全装置があるように)無制限にお湯は熱くなりませんが、お湯を注ぐときには100℃の熱湯を注ぐこともできるように、外からFSHを投与する際にはかなり高い値にすることができます。

当然卵子をたくさん作る作用は強くなるため、クロミッドで育つ卵胞より、hMGや遺伝子組換えFSHを投与したほうが、育つ卵子の数は一般的に多くなります。

 

世界最初の体外受精

ちなみに、世界で初めて成功した体外受精の赤ちゃんは、この卵巣刺激法を使っていません(参考文献1)。

もちろん、この方法を成功させたEdwards博士は卵巣刺激のことは知っていたはずですが、このころは体外受精で生まれてくる子どもに異常がないかどうか、健康に育つかどうか誰も知らなかったため、できるだけ自然に近い方法がとられていたのだと思います。

 

日本でこれまで体外受精によって生まれた子の数は80万人以上、世界ではおそらく1,000万人以上が生まれている現在、体外受精が危険だと思っている人はほとんどいないでしょう。

ですが体外受精でまだ一人も子どもが生まれていない時点で、治療を受ける夫婦の不安は非常に大きかったはずです。

それでも勇気をもってこの治療を受けたご夫婦と、それを支えた医師や胚培養士たちがいたことを、忘れてはならないと思います。

 

参考文献

 

1.Edwards RG, Steptoe PC, Purdy JM. Establishing full-term human pregnancies

using cleaving embryos grown in vitro. Br J Obstet Gynaecol. 1980

Sep;87(9):737-56. doi: 10.1111/j.1471-0528.1980.tb04610.x. PMID: 6775685.

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