体外受精で未熟卵がとれる理由は? ~人工授精や体外受精で使用するhCGは何をしているか
体外受精の治療を終わって、いくつ卵が育ったかの説明を医師に聞くときに「採れた卵のうちいくつかは未熟な卵で、治療に使えませんでした」と言う話を聞くと思います。
採卵前に見てもらった超音波でも、大きな卵胞と小さな卵胞がみえていたので、小さな卵胞から採れたのが未熟な卵だったのか、とすんなり受け取れますね。
でも「未熟卵が多かったので、次回の採卵では少し卵胞が小さいうちに採卵してみましょう」という説明を聞くと「あれ、未熟だったから、もう少し大きくなってから採卵するのでは???」ともやもやします。
いったい、この「未熟卵」とはどんなもので、どうして出てくるのでしょうか。
今回はこの「未熟卵」についてお話しします。
卵胞は大きくなるだけでは未熟なままです
卵胞を大きくするFSHホルモン
前回のコラムに、FSHというホルモンが出てきました。
図1. 卵の増大と成熟
このFSHという体の中にあるホルモンは、卵子が栄養を吸収して大きくなるのを助け(図1、上段左、中央)、同時に卵の周りにある細胞(顆粒膜細胞)が卵のそばに水をためて卵胞を大きくします。
ちょうど、ダムの岸辺にいる赤ちゃんが大きくなるにつれて、ダムに水が溜まって水面の面積が大きくなるようなイメージです(図1-下段、左、中央)。
ただ、FSHだけでは、卵胞が大きくなっても、受精する力のない未熟な卵(図1,上段中央、黄色い卵)しか育ちません。
受精可能な成熟卵にするhCG(LHホルモン)
この未熟な卵を、精子と受精できる成熟卵(図1、上段右、赤い卵)にするのがhCGというお薬で、体の中ではLHというホルモンがこの仕事をしています。
水の妖精のような赤ちゃん、図1の下段(概念図)では左より中央はサイズが大きくなっていますが、赤ちゃんの形のまま大きくなっています。
これにhCGというお薬が作用すると、この大きくなった赤ちゃんが、成熟して下段右の図のように成人の形にかわり、精子と一緒になることができるようになるのです。
その一方で、ダムいっぱいにたまった水(大きくなった卵胞)は放水の時期が近づいています(下段中央)。
hCGはこのダムの水門を一定の時間をかけて開く働きもあるのです。hCGという薬は、卵子を成熟させるとともに「ダムの水門を開く」、つまり卵胞に出口を作って排卵の引き金をひいているわけです(下段右)。
FSH,LHの働きと染色体量の調整
図2. FSH、hCGと減数分裂
図2の見方は以下となります。
- 上段:卵巣で卵胞が発育している状態
- 中断:それに対応した卵子の染色体の様子
- 下段:顕微鏡で見た卵子の形(顕微鏡所見)
大きくなる前の卵胞
卵子は染色体の量が最初は通常の2倍あり、これを半分に減らす必要があります。hCGはその「減らす反応」のスイッチを入れています。
細胞が「分裂」して染色体の量が「減」るので、この反応を「減数分裂」と呼んでいます。
図2、一番左のFSHが効く前の卵子は、小さな卵胞の中で育つのを待っています(左、上段)。このとき、卵子の中にある染色体の量は92本分。通常の細胞の倍の量があります。
- 赤がお母さんからもらった染色体
- 青がお父さんからもらった染色体
となります。
赤、青それぞれ同じもの(つまり同じ配列のDNA)が2セットできて、真ん中でくっついているのでXの形になります。
これを顕微鏡で見た場合は左下段のように、大きな核がひとつある卵が見えて、さらに非常に目立つ核小体がみえます。染色体は普通の顕微鏡では見えません(図では点線で示してあります)。
FSHが作用し大きくなったGV期
これにFSHが作用すると、前の段落で説明したように卵子は大きくなり、卵胞も大きくなっていきます。
ただ、卵子の中の染色体の状態は全く変化がありません(中段、中央)。
ですから、顕微鏡で見た場合も卵自体の大きさは大きくなっていますが、核があって核小体がある、先ほどと同じ形に見えます(下段、中央)。
この時期にみえる卵の核を「卵核胞」(らんかくほう、Germinal Vesicle)といい、英語名の頭文字を取ってGV、ここからこの時期の卵を「GV期の卵」と呼んでいます。
hCGが作用しさらに育ったMI期
このFSHで大きくなった卵にhCGが働きかけると、まず第一段階で核膜がなくなって、赤い染色体と、青い染色体が離れていきます(中段、左から三つ目)。
赤ちゃんから、少し育って小学生くらいでしょうか。
この卵を顕微鏡で見ると、やはり染色体は見えませんから、核のない、のっぺらぼうの細胞に見えます(下段、左から三つ目)。
この核膜がなくなって染色体が離れていく時期は、細胞が今まさに分裂(mitosis)しようとしているので、分裂の頭文字を取ってM期と呼び、減数分裂では二回連続して分裂が起こるので、その一回目という意味でMI期と呼んでいます。
MI期からさらに成熟したMII期
さらに成熟が進むと、赤い染色体と青い染色体は分裂した別の細胞に入ります。
赤い細胞が入った細胞は小さく、極体と呼ばれます。大事な卵に残った青い染色体は、(普通は分裂の後、できるはずの核ができないで)そのまま次の分裂の準備に入り、Xの真ん中のくっついていた部分が離れて、一本ずつになります。
この状態は、二回目の分裂、と言うことでMII期の卵、と呼ばれます。
こうして、赤ちゃん(GV期)、小学生(MI期)をへて、成熟した卵(MII期)ができるのです。
未熟卵は「卵を取るのが早すぎた」だけではない
図3. 未熟卵が採れる理由
冒頭で述べたような、体外受精の治療で出てくる「未熟卵」はこのGV期やMI期の卵子であることが、ここまでの説明でお分かりいただけるかと思います。
いわば赤ちゃんの卵を成人に変えるhCGがうまく働かなかったために、未熟(赤ちゃんや小学生)なまま採れてしまった卵なのです。
そういわれると、卵を取るのが早すぎた、そのため栄養が足りなかった、と思われるかもしれませんが(図3,2段目「未発育」)、理由はそればかりではありません。
hCGが効いて成熟するためには、卵子が栄養をとってちょうどよいタイミングになっている必要があります。
- 栄養をまだ十分取っていない卵(2段目、未発育)
- 栄養を取ってころ合いになった後に時間が経ち過ぎた場合
(3段目、「過熟・老化」) - 栄養の取り方がうまくいかずに反応できない卵ができてしまった場合
(4段目、「病的発育」といいます)
など様々な場合で、hCGの効果は出にくくなり、未熟卵が多く採れることになります。
そのため最初にお話したように「未熟な卵がたくさんとれてしまった」にもかかわらず
「次回は少し早く(遅くではありません)採卵してみましょう」
「卵子の育ち方を変えるために、注射やお薬を変えてみましょう」
などというお話を先生がすることがあるのです。
前者では、先生は卵子が老化してしまったのではと考えており、後者ではお薬が合わなくて異常発育となった可能性がある、と考えているのです。
おなじ未熟卵でも、様々な理由でできているのです。
余談ですが、この「栄養を摂る」という段階は、細胞の核の周りの部分、「細胞質」という部分に栄養が集まり、卵の体積も大きくなっていきます。
このとき、おそらく卵子は受精した後に必要なエネルギーや、それ以外の発生に必要な成分をせっせと蓄えていると考えられます。
そして最後に。
hCGやLHの作用で「核」の中の染色体が動いて、減数分裂をして受精できるようになるのですが、減数分裂がうまくいっても、細胞質がきちんと栄養を取って成熟していないと、そのあと上手に発生することができなくなります。
これらを、各々「細胞質の成熟」「核の成熟」と呼ぶことがありますが、目に見えないためにまだよくわかっていない細胞質の成熟がその後の発生、あるいは着床・妊娠を成功させるかどうかのカギを握っていることは、言うまでもありません。