「空胞」って、どうしてできるの? ~採卵のメカニズムとヒアルロン酸~
体外受精の治療が始まって、採卵が決まりました。
「痛くないかな」という不安と同時に、「いくつ卵が採れるかな」と、少しドキドキします。
ちょっと痛かったけど我慢できる範囲で、今も少し腰やおなかが張る感じがするけれど、とりあえず無事に採卵が終わりました。
そして先生から「卵は10個ほど育っていたのですが、採れた卵は5個でした。」という説明がありました。
でも、残った5個の卵はどうなったのでしょう?もしかして、先生の腕がいまいちだった?
続けて「空胞が多かったので、次回は少し、採卵のタイミングを変えてみましょう」、え、空胞って何?病気?
今回はこの聞き慣れない言葉「空胞」についてご説明します。
採卵時に卵を採る方法について
採卵は掃除機で「わたあめ」を吸い出すようなもの
卵巣には卵胞という卵が入っている小さな袋があって、その中に一つ、卵が入っています。
採卵ではこの小さな袋に針を刺して、入っている液体と一緒に卵を吸い出します。
卵の大きさは0.1mm、卵胞の直径は20mmですから、20cmの水風船の中に1mmの砂粒が入っている計算です。
砂粒を水と一緒に吸おうとしても採れないことが多そうですが、卵胞の中の卵がうまく採れる理由は、この1mmの砂粒がちょうど夜店の「わたあめ」のようなもの中にくるまれているためなのです。
吸いやすい「わたあめ」吸いにくい「わたあめ」
図1.採卵の原理と空胞
砂粒をくるんでいるわたあめを「顆粒膜細胞層」といいますが、卵は壁からちょっと浮き出したこの顆粒膜細胞層ごと、採卵する針の中に吸い込まれます(図1、a、b、c)。
ここで、わたあめの伸びやすさが問題になります。
ふわふわして伸びやすいわたあめなら、掃除機が難なく吸ってくれるでしょう。
でも時間がたって硬くなったわたあめならどうでしょう?ちょっと、吸いにくそうですよね。
顆粒膜細胞層も、伸びやすい状態のものと、硬くなって伸びにくいものがあるのです。
当然、伸びやすい顆粒膜細胞層に包まれた卵は採れやすく、硬くなった顆粒膜細胞に包まれた卵は採れずに残ってしまうことが多くなります(図1、d)。
採れにくいために卵が残ってしまった卵胞が「空胞」なのです。
「空胞」でも頑張って吸えば使えるのでは?
これを何とか吸えば卵がたくさん採れて妊娠率が上がるように思えますが、硬くなった顆粒膜細胞に包まれた卵はかなり高い確率で未熟だったり、卵の質が悪いことが多いので、無理をしてこのような卵をとっても妊娠率はほとんど上がりません。
そのためある程度以上の大きさになっていない卵胞には、入っている卵子が未熟で発生しないことが多いことから針を刺さないことが多くなります。
また、前回のコラムでご説明した「過熟」になった卵や、お薬が合わなくて元気に育つことができなくなった卵の場合も、これを取りまく顆粒膜細胞は硬くなって伸びなくなります。
ですから、同様に前回お話した「未熟卵」が多く採れるときと同様、いわゆる空胞が多くて卵子が取りにくかったときにも、採卵のタイミングや、注射を変えることがあるのです。
前回のコラムはこちらです。「過熟」「未熟卵」などについてご説明しています。
体外受精で未熟卵がとれる理由は? ~人工授精や体外受精で使用するhCGは何をしているか
ヒアルロン酸は卵にも重要な成分です
ちなみに、この顆粒膜細胞をふわふわの状態にしているのは、さまざまな美容液や健康食品に入っている「ヒアルロン酸」です。
ヒアルロン酸はお肌の保湿にも重要ですが、膝の関節を満たす液や、目玉の中を満たしている液(硝子体といいます)にも多量に含まれていて、潤滑・保水の機能を持っています。
卵を囲む顆粒膜細胞の間には人体の中でもかなり濃いヒアルロン酸が含まれていて、顆粒膜細胞同士をゆったりと結びつけて「顆粒膜細胞層」というふわふわした「わたあめ」を作っています。
ヒアルロン酸はまた、精子がこの中を卵子の方に泳いでいくとき足がかりにする分子であると言われており、ヒアルロン酸に結合しやすい精子は元気な精子が多いという説があります。
ボルダリングの「ホールド」と呼ばれる出っ張りのようなもので、これを足がかりにして精子は卵子に近づいていくわけですから、しっかりヒアルロン酸をホールドできる精子の方が、より健康である可能性があります(図2)。
図2.精子の顆粒膜細胞層通過
これを応用して、「PICSI」と呼ばれる先進医療では、ヒアルロン酸に結合しやすい精子だけを選んでICSIを行い、受精する率や赤ちゃんを得る確率を上げようとしています。