子宮の中の膜はどうやって育つの? ~子宮内膜を育てるホルモンとお薬~
きれいな受精卵が凍結できました。いよいよ移植です。
先生からの移植のスケジュールやお薬の説明では、「女性ホルモンと黄体ホルモンのお薬を使います。女性ホルモンは普通、貼り薬、それ以外に塗り薬と飲み薬もあります。黄体ホルモンは、膣に入れる薬が一般的です」とのこと。
いままで、採卵も含めて大体は飲み薬と注射だったのに、「貼る」薬や、膣の中に入れる薬、あまり聞いたことがないお薬が出てきました。
(飲み薬だと簡単だけど、先生が最初に言わなかったのは効果が少ないのかな?)
あなたが微妙な顔をしていると、先生は「飲み薬はありますが、あまり使わないんです。」といいました。なぜなのでしょう?
あなたは(いままで生理痛を抑えるために「女性ホルモンと黄体ホルモンの入ったピル」を飲んでいたので、これが使えないのかしら)とも思ってしまいます。
今回は、凍結胚を移植する際に使う主なお薬の種類とその効果について説明します。
内膜を着床しやすい状態にするためのお薬は2種類
現在の不妊治療では凍結胚を移植するときに普通、安全なホルモン剤を使って人工的に子宮の内膜を着床しやすい状態にして受精卵を戻します。
「着床しやすい状態」にするために「女性ホルモン(エストラジオール)」と「黄体ホルモン(プロゲステロン)」という二つのお薬を使用します。
図1.内膜が厚くなる仕組み
最初に使う女性ホルモン(エストラジオール)は、子宮内膜に作用して、細胞を盛んに分裂させます(図1)。
分裂して細胞の数が増えるに従って、膜は厚みを増していきます。
ちょうどビールをグラスに注いだ時にできる泡のように、次々とできる細胞が表面を押し上げていくのです。
一方、次に使う黄体ホルモン(プロゲステロン)は、女性ホルモンで厚くなった子宮内膜に働いて、子宮の中に入ってきた受精卵が着床しやすいように変えていきます。
これを難しい言葉で「脱落膜化」といいますが、要するに妊娠したときに赤ちゃんに栄養を送るとても大切な「胎盤」を、支える土台になる膜を作っているのです(図2)。
図2.ホルモンと内膜の変化
なお、黄体ホルモンが十分働くためには同時に女性ホルモンがなければならないので、それまで使っていた女性ホルモンはそのまま続けて使用します。
ただ、黄体ホルモンが内膜の細胞を作り変える力の方が強く、女性ホルモンが細胞を分裂させる作用は打ち消されてしまうので、黄体ホルモンをはじめた後は、内膜はそれ以上厚くなりません。
なぜ飲み薬に向かないの?
エストラジオールの吸収のメカニズム
さて、内膜を厚くする女性ホルモンである「エストラジオール」は、残念ながら飲み薬には向いていません。
というのは腸から吸収されたお薬は、食べ物と同じで肝臓にまず運ばれますが、肝臓がエストラジオールを頑張ってどんどん分解してしまうからです(図3)。
図3.皮膚と腸からの吸収
それに負けないように大量のエストラジオールを飲むこともできますが、そうすると肝臓への負担や、血栓症などの副作用が多くなってしまいます。
そのため、腸を通らないで身体に吸収させるために、貼り薬(シール)や、塗り薬(ゲル剤)といった皮膚から吸収される薬が開発されました(図3右)。
それでもやはり飲むお薬の方が便利なため、最近になって飲むタイプのエストロゲンのお薬が開発されていますが、やはり血中に残る割合が少なく、また飲んだ後の血中濃度は、皮膚からの薬より早く下がってしまいます。
プロゲステロンの吸収のメカニズム
もうひとつのプロゲステロンも、膣の粘膜から吸収させる(膣)座薬が普通です。
これもエストラジオールを皮膚から吸収させるのと同じように、入れている間すこしずつ吸収されるため、血の中の濃度が長い間変化しません。
また膣と子宮は近いので、皮膚から吸収させるより内膜に作用しやすいと考えられています。
なお、プロゲステロンはエストラジオールよりさらに肝臓で分解されやすいので、プロゲステロンの飲み薬は日本では発売されていません。
お薬を使用するタイミング
実際に卵子を移植するときには、少しでも受精卵が着床しやすくなるように、自然に妊娠するときとお薬を作用させるタイミングを合わせます。
具体的に言えば、排卵してから胚盤胞が着床するまでは大体5日間と言われているので、黄体ホルモン投与を始めて5日くらいで、受精卵を移植します。
なお、体外受精で妊娠したときは、この黄体ホルモンを使い始めた日を排卵日(妊娠2週0日)と考えて、そのちょうど38週あとを予定日と決めています。
妊娠反応が出てからも使い続けます
エストラジオールとプロゲステロンの二つのお薬は、妊娠反応が出てからも使い続けなければなりません。
妊娠が成立すると胎盤でエストラジオールとプロゲステロンが作られるようになるのですが、その時期は大体7週から9週と言われています。
そのため、(脅かすわけではありませんが)妊娠反応が出てから7~9週までの間、万が一何かの事情で数日お薬を使えないと、土台となる脱落膜の元気がなくなって、ちょうど生理が起きるように流産することが、ごく稀にあります。
もちろんどのお薬も、すこし使用する時間がずれたり、一回や二回は忘れても影響がないように調合されてはいますが、この時期はまだ妊娠が安定していない時期でもありますので、先生の指示をよく聞いてきちんと使用しましょう。
自然妊娠と二つのホルモン
体外受精ではなく自然に妊娠した場合には、排卵前は卵胞からエストラジオールが、排卵がおこった後は卵が出て行った後の卵胞(これを黄体といいます)から、エストラジオールとプロゲステロンが出てきます(図2下段)。
図2.ホルモンと内膜の変化
黄体は妊娠した後もこの二つののホルモンを作り続けるので、もちろんお薬を使う必要はありません。
ちなみに、冒頭に登場したピルには、肝臓で分解されにくい合成の女性ホルモンと黄体ホルモンが含まれています。
そのため普通に口から飲んでも、分解されないで効果が出るのです。
しかしあまりに安定しているため、胎盤を通って赤ちゃんに影響を及ぼす心配があるので、不妊治療では普通これを使うことはありません。