体外受精以外の不妊治療でクロミッドを飲む理由は?
クロミッド(クロミフェン・クエン酸塩)は、不妊症ではとてもよく使う薬です。
体外受精の時に卵子を増やすのに使われますが、体外受精以外でも、なかなか妊娠しない場合にクロミッドを飲んでからタイミング法をとっていただいたり、人工授精の周期にもクロミッドを使ったりします。
クロミッドはどんなメカニズムで妊娠を助けてくれるの?
クロミッドは、体外受精の時とそれ以外の時では、異なる理由で妊娠を助けていると思われます。
以前のコラムでお話したように、クロミッドは「脳の中にあるエストロゲンを感じるセンサー」に作用してエストロゲンの作用を打ち消し、「エストロゲンがない」と勘違いした脳から多量に出てくるFSHによって「卵巣」を「刺激」する薬です。
一周期にできる卵子を安全に増やし、胎児への影響もないと考えられています。
併せてお読みください:卵子をたくさんつくる~体外受精の卵巣刺激
でも、どうして卵子を増やすと妊娠率が上がるのでしょう?
また卵子が2個や3個できてしまったら、双子や三つ子にならないのでしょうか?
それに妊娠率が高くなるなら、最初からタイミング法をとるときにクロミッドを飲んだ方が良いのではないしょうか?
クロミッドが原因不明妊娠に効果がある理由はわかっていない!
クロミッドがなぜ、原因がないのになかなか妊娠しない場合(原因不明不妊)に妊娠を助けることができるのか、理由ははっきりわかっていません。
ただ、わかりやすいひとつの考え方として、卵子が卵管に取り込まれる可能性を少しだけ高くしている可能性があります。
原因不明不妊の主な原因のひとつは「卵管が卵子を取り込めないこと」が考えられるとお話しました(図1)。
図1. 卵子の取り込み
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排卵された卵子は、精子のように自分で動くことができないので、図2、aのように卵管がキャッチしてくれないと、卵管で待っている精子と一緒になることができません。
図2.卵子取り込み失敗にクロミッドが有効
このような場合、bのように排卵する卵子の数を増やして、そのうちどれかひとつを卵管がキャッチしてくれればよい、と言う考え方ができます。
多胎になる場合とならない場合
このとき、排卵する卵子は確かに増えますが、「元々一つでは卵管が卵子をキャッチできない方」に使用するので二つ、あるいは三つ排卵してやっと一つキャッチできそうなことがわかりますよね。
ですので「元々排卵があるが、原因不明不妊の方」にクロミッドを使用して複数排卵しても、双子や三つ子(多胎)にはなりにくく、多胎妊娠が起こる確率は5%以下と、自然妊娠で双子ができる確率(約1%)とさほど変わりません。
クロミッドを使って多胎になりやすいのは、「今まで全く排卵していなかった方(生理がなかった方)」にこの薬ではじめて排卵を起こしたときで、この場合卵管はキャッチする力が十分あるために、3個排卵すれば3個上手にキャッチして三つ子になってしまう、というわけです。
また、クロミッドによって排卵するときの卵胞の大きさが変わったり、いつもと違う方向に排卵して、ひとつだけ排卵する場合でも排卵の勢いや方向が変わるために妊娠につながる可能性があります(図2,c)。
不妊治療法によって、クロミッドを飲む時期が異なります
ところで
タイミング法や人工授精:クロミッドを使う場合は月経の5日目から9日目の5日間だけ
これに対して
体外受精の場合:クロミッドを使う場合は月経3日目から5日ないし10日間と、早く始めて、時に長く服用
と、不妊治療法により、クロミッドを飲む時期が異なります。
タイミング法や人工授精では、多胎の危険性をより少なくするためにはあまり卵子の数が多くならない方が都合がよいので、飲み始めを遅くして、できる卵子の数を少なくします。
以前のコラムでお話したように卵子は月経が始まって時間が経つと、育っている卵が減ってきます。
併せてお読みください:卵子をたくさんつくる~体外受精の卵巣刺激
たとえば図3のように、クロミッドを使わない周期では「3日目で育っている卵が5つ」「5日目になると育っている卵が2つ」という方がいるとしましょう。
図3.なぜ飲み始めの日が違う?
5日目から飲み始めると、すでに育っている卵は2つですので、このあとクロミッドを飲んで卵巣を刺激しても、最大2つまでしか卵は増えません。
ところが同じ方が3日目からクロミッドを飲んでFSHを高くすると、3日目に育っていた5つの卵すべてが育ってしまいます。
このように遅く飲み始めた方ができる卵の数は少なくなるので、
- タイミング法や人工授精の場合は5日目から
- 体外受精のようにできるだけ育つ卵を増やしたい場合は3日目から
といったように服用します。
なお、クロミッドを使ったタイミング法や人工授精で妊娠する場合、3周期くらいまでがほとんどです。
もともと妊娠する可能性が体外受精のように非常に高いわけではないので、何周期くらいチャレンジするか回数を決めて使って、だめならば次の治療を考えると言うのが良さそうです。
エストロゲンが内膜を厚くする効果を打ち消してしまうので要注意
一方、内膜を厚くして妊娠率を上げるためには、早く飲み終えた方が有利です。
図4.飲み終わりの日と内膜
図4のように、自然の周期(上段)ではずっとエストロゲンが内膜を厚くし続けるので、14日目には黄色で示す内膜はとても厚くなっています。
ところがクロミッドを5日目から14日目までずっと飲んでいると、クロミッドがエストロゲンの作用をうち消してしまうので内膜はとても薄くなってしまいます(中段)。
そのため、その周期に妊娠することが必要なタイミングや人工授精では、9日よりあとクロミッドは服用せず、その後に内膜が少しでも厚くなって中くらいの厚さになってくれることを期待します。
これに対して体外受精で、特にできた受精卵をすべて凍結してその周期には戻さない場合、内膜が薄くなってもかまわないため採卵直前までクロミッドを服用しても大丈夫です。
クロミッドの安全性について
クロミッドの副作用はそれほど強くない
クロミッドにはこの他に副作用として
- 頭痛
- 目がちらつく
- 光がまぶしくなる
- 下腹痛
- 胃がもたれる
- などがあるといわれていますが、実際にこれらが起こることはそう多くありません。
ただ、車の運転をするときに目がちらついたりすると困りますので、はじめて服用するときには1-2日は車の運転は控えて、症状が起こらないか確認した方が安全です。
有効性がそれほど高くないにも関わらず世界中で多く使われる理由
クロミッドを併用したタイミング法や人工授精で妊娠する方は、不妊治療すべての妊娠のおよそ5%程度ではないかと考えられます。
このように有効性がそれほど高くなくてもこの薬がよく使われるのは、世界中で50年以上前から使われているために服用する女性にも、生まれてくる赤ちゃんに対しても安全性がほぼ確認されているからです。
また、古い薬ですので値段が安い、ということもあります。
このようにクロミッドは安価でかつ内服薬で飲みやすいため世界中で使われており、コロナでおなじみになった世界保健機構(WHO)が定める「文明生活を送るためになくてはならない「必須医薬品」(WHO Model List of Essential Medicines , EML)」約300品目のなかにも収載されています。
その一方で、エストロゲンの作用を抑制する(相対的にアンドロゲンの作用を高める可能性がある)ことから、スポーツ選手が服用してはならない「ドーピング薬」のリストにも入っています。