タイミング法 〜どこまで厳密にするべきなのか?〜
タイミング法はどこまで厳密にするべきなのか
排卵日の近辺で性行為をすると、妊娠率が高まることは誰でもご存知だと思います。でも、どの程度まで、近くにあわせなければならないのでしょうか?
排卵日からどれぐらい離れたら妊娠率が低くなる?
「排卵日からどれくらい離れたら、妊娠率がどれくらい低くなるか」という面白いデータがあります。
これをみると
- 排卵日
- その前日(1日前)
- その前々日(2日前)
くらいまではほとんど同じ妊娠率です。
さらに
- 3日前
- 4日
- 5日前
でも率は1/3くらいに低くなりますが、妊娠例はそれなりにあります。
一方で、排卵日を過ぎると、1日過ぎただけで妊娠率はほとんど0となってしまいます。
この論文の著者は、排卵日の5日前から、排卵日までの6日間が、妊娠可能な範囲であると結論しています。
毎日性交渉をした方が妊娠しやすいの?
この論文では「毎日タイミングを取った方がよいか、それとも1-2日おきでもよいか」という観点からも解析をしています。
たとえば排卵日の5日前から毎日sexをすると、排卵日になるころには女性の体に入る精子の数が少なくなっているかもしれません。
それなら、精子をためておいて、排卵日ぴったりにsexをすればたくさん精子が体に入って、妊娠率が高くなるとも考えられます。
ところが結果をみてみると、毎日、1日おき、2日おき、3日おき、4日おき、5日おきでは周期当たりの妊娠率に差がありませんでした。
毎日sexでも、排卵日に狙いすました一回のsexでも、まったく同じ妊娠率だったのです。
精子が年をとってしまった影響ってある?
さらにこの論文では、排卵日のかなり前にsexをして妊娠した場合、精子が女性の体内で年を取ってしまって、生まれる子どもが流産しやすかったりしないか、ということも計算していますが、排卵日の5日前のsexで妊娠した場合も、排卵日にsexをして妊した場合も、全く同じ流産率でした。
排卵日のタイミングでの男女生み分けってどうなの?
ちなみに「排卵日からわざと2-3日ずらしてsexすると男の子が生まれやすい」という説がありますが、この論文はこれにも言及して、排卵日からsexまでの日数と、生まれた子の男女比を比較したグラフまで載せていますが、「結論は差がない」となっています。
この論文の中には、「排卵日にsexすると80%男の子ができる」と、「排卵日にsexすると女の子ができやすい」という全く逆の結論となった二つの論文も紹介していますから、排卵日の調節で産み分けを考えるのは、あまりお勧めできません。
不妊の医師として経験上、今まで何年も赤ちゃんを授からなかったご夫婦が病院で超音波検査をしていくらタイミングを合わせても、それだけで妊娠することは少ないと思います。
妊娠できる期間が6日間ある、というこのデータは、納得できるものです。
尿検査での排卵日の予測は無視できない
2023年のコクランレビュー(医療の確からしさを検討する世界一有名な研究報告)では、尿検査で排卵日を予測してsexをした場合、しない場合に比べて妊娠率は高くなる(用いない場合周期当たり16%とすれば、用いた場合周期当たり16-28%)、と複数の研究結果から結論しています 。
なかなか赤ちゃんができない場合に、尿検査キットを買ってまず妊活してみるのは、意味のないことではない、ということですね。
不妊治療はメンタル面のケアがとても大切
ただこの論文には、排卵日を予測してsexをすることによる夫婦のストレスは考えに入れていない、夫婦のQOLについてはわからない、というコメントがあります。
sexをいわば強制されるタイミング法は女性ももちろんですが、特に男性に対しては勃起や射精という、自分ではコントロールできない生理現象を強要されるかなりなストレスのある治療です。
実際、外来にいらっしゃる患者さんの中で、タイミング法を続けるうちに勃起障害や、膣内で射精ができない、などの症状が現れたというご夫婦は少なくありません。
こういう症状が出るようなら、お二人の大切なsex-lifeを損なわないためにも、早めに病院で相談することをお勧めします。
精子が女性の子宮の中で元気でいられる理由
余談ですが、精子はなぜ、女性の子宮の中で長い間、子供を作る力を保ったままでいられるのでしょう?
ヒトを含めた多くの哺乳動物には、赤ちゃんを作る力を保ったまま体内で精子を保存しておく力が、子宮や卵管に備わっています。
野生の哺乳動物にとって性行為をしている最中は天敵から逃げることができない非常に危険な時間となります。
種の保存のためやむを得ないとしても、最小限の時間で性行為を行って、その時に体内に入った精子を自分が排卵するまでとっておく機能は、子孫を残すためには有利です。
(なお人間の性交は、普通外敵がいない状態で行われるので、急いで行う必要はありません。男女とも十分に時間をかけて、楽しんだ状態で行った方が精子の状態もよくなる、という研究結果もあります。)
子宮頸管の頚管粘液で精子は元気をたもっています
マウスなどでは子宮と卵管の間に精子を休ませておく休憩所があると考えられていますが、ヒトではこの機能は子宮頸管にあるとされています。
子宮頸管は膣から、子宮の中の部屋に続く狭い通路ですが、排卵が近づくとこの通路を満たしている子宮頸管粘液の性質が変わって、量も多くなってきます。
この大量の頚管粘液の中で精子は、ちょうどカーレースのスタート地点のように、エンジンをかけたままスタートを待っているのです。
また子宮頸管がこの重要な機能を担っている一つの証拠として、病気で子宮頸管を切除してしまうと、妊娠しにくくなることも言われています。
排卵のタイミングなどは動物のライフサイクルによって様々です
一回の性行為を有効に活用する機能は、動物によってさまざまです。
ウサギなどでは、いつでも排卵できるように卵巣で卵子が常時スタンバイの状態になっており、性行為があって精子が体内に入ったことが引き金になって排卵が起こります。とても効率的ですね。
クマは春先にsexをして体の中に入った精子と卵子が受精しますが、秋になって食べ物が多くなってやっと受精卵が着床し、冬の冬眠の間に妊娠・出産が終わるようになっています。
マウスでは受精した卵子を、授乳が終わるまでとっておく機能(遅延着床)もあると言われています。
着床を調節するこの機能を人間に応用することができれば、今盛んに行われている卵子や受精卵の凍結保存などは、不要になるかもしれませんね。
Wilcox AJ, Weinberg CR, Baird DD. Timing of sexual intercourse in relation to ovulation. Effects on the probability of conception, survival of the pregnancy,and sex of the baby. N Engl J Med. 1995 Dec 7;333(23):1517-21. doi:10.1056/NEJM199512073332301. PMID: 7477165.
Gibbons T, Reavey J, Georgiou EX, Becker CM. Timed intercourse for couples trying to conceive. Cochrane Database Syst Rev. 2023 Sep 15;9(9):CD011345. doi:10.1002/14651858.CD011345.pub3. PMID: 37709293; PMCID: PMC10501857.