Noah ART Clinic武蔵小杉(ノア・アートクリニック)

培養室コラム

第26回 【先進医療シリーズ①】 良好な精子を集めるデバイス ZyMot(ザイモート)

今回は当院にて導入している先進医療の1つ、【ZyMot】についてお話します。

 

正式名称ZyMot(ザイモート)スパームセパレーターは、スパーム(精子)セパレート(分離)する最新のデバイスです。主に顕微授精時に精子を調整するために用います。

 

このZyMotを使用することで、通常の精子調整よりもDNA断片化率を低く抑えることができ、胚盤胞到達率、着床率、妊娠率などが向上するといったことが報告されています。

 

では、通常の精子調整法とZyMotによる精子調整、何が違うのでしょうか。

通常の精子調整とZyMotによる精子調整の違い

通常の精子調整では密度勾配遠心法と呼ばれる方法が一般的に用いられています。

(詳しい方法は第2回 精子のあれこれにてお話しておりますので、ご参照ください。)

 

密度勾配遠心法は文字通り、状態の良い精子を遠心分離機にかけて分離します。

 

一方、ZyMotは薄い膜を精子自身の力で通過した良好精子を回収します。

 

つまり、通常の精子調整とZyMotの精子調整の違いは、遠心分離を行うか、行わないかの違いです。

 

では、なぜ遠心分離を行わない方がよいのでしょうか。

なぜ遠心分離を行わない方がいいの?

遠心分離は回転数により強弱はあれど遠心力により精子DNAに物理的な影響を与え、DNAの断片化を引き起こすことが知られています。

 

また、遠心分離による精子調整は精子を回収するために多くの工程と長い時間が必要となります。

 

そのため、遠心分離によって精子の細胞質が破壊され活性酸素が発生してしまうと、長い時間活性酸素に暴露されることとなり、活性酸素によっても精子DNA断片化が起こると考えられます。

精子のDNA断片化ってなに?

ヒトの細胞の核の中には染色体が存在します。

 

この染色体の中には大量のDNAが細かく折りたたまれ、はしごをひねったような二重らせん構造を作っています。これがご存じの方も多いDNAの形ですね。

 

精子DNAの二重らせん構造が一部損傷してちぎれたりしている状態を「精子DNA断片化」といいます。

 

これは主に、遠心分離機を使用した精子調整法による物理的な損傷や、活性酸素による酸化ストレスの影響によって引き起こされると考えられています。

 

断片化は精液検査や顕微鏡下での観察では区別がつかない内部情報へダメージなので外見には現れません。

 

いつものように使おうと思って開いたら一部データが消えていたスマホをイメージすると分かりやすいかもしれません。

 

失われたデータによっては大変ですよね。

精子のDNA断片化がなぜ悪いの?

DNA断片化がなんとなく良くなさそうだということはおわかりいただけたかと思いますが、具体的に不妊治療分野でどのような悪影響を及ぼしているのでしょうか。

 

精子DNA断片化率が高い方とそうでない方を比較したときDNA断片化率が低い群の方が5倍高い自然妊娠率があったという報告があります。

 

また、習慣性流産の既往歴がある群もそうでない群と比較して2倍以上のDNA断片化率と活性酸素値が計測されたという報告もあります。

 

つまり、活性酸素が精子DNA断片化率に影響を与え、流産の原因になっていると言えます。

 

それだけでなく、精子DNA断片化は胚の発育にも悪影響を与えることが知られています。

 

そのため、精子DNA断片化は胚盤胞到達率や妊娠率の低下、流産率の上昇に関与すると考えられています。

 

多くの細胞はDNA断片化などの異常を修復する能力を備えていますが、残念ながら精子はその修復機能を備えていません。

 

では、DNA断片化が起こった精子が卵子と受精した場合どうなるのかというと、現在のところ卵子側のDNA修復機能に依存して胚の修復が起こると考えられています。

 

しかし、DNA修復機能は女性の年齢に依存するだけでなく、胚発育が芳しくない患者さんや、習慣性流産の患者さんでは卵子が持つDNA修復機能そのものが低下している可能性があります。

 

したがって、DNA断片化が起こっていない精子を選択することができれば、妊娠率向上やより良い胚盤胞ができるなどの不妊治療の成績が向上する可能性があるということになります。

 

ZyMotスパームセパレーターによる精子回収方法

精液チャンバーと回収チャンバーは、わずか8μmの孔を持つ膜で隔てられており、精液を注入すると30分かけて前進運動性の高い精子が膜を通り抜けて上方に泳ぎます。

 

運動性が高い精子が上に集まるということですね。

 

顕微授精をする際はその部分を回収して使用します。

 

元の精液には不純物や奇形精子なども含まれますが、それらは膜の孔を通り抜けることができないため、より良い精子を回収することができます。

 

ただし、細菌などごく小さいものは取り抜けられるため、当然ながら精液採取前の手洗いおよび陰部の消毒は必ず必要です。

ZyMotにデメリットはないの?

これまでZyMotで精子調整をすることでDNA断片化を抑えることができ、不妊治療の成績向上に繋がるといった話をしてきましたが、デメリットはないのでしょうか?

 

ZyMotには培養成績や妊娠率に与えるデメリットはありませんが、対象患者さまが限られるというデメリットはあります。

 

・ZyMotは運動性の高い精子が自分の力で泳いできたところを回収するので、運動性が極端に悪い精液や極端に濃度の低い精液には用いることができません。

・使用方法上、850μL以上の精液量がないと使用できません。

・現在、先進医療として用いることができるのは顕微授精のみとなります。※AIHや通常の体外受精(cIVF)では用いることができません。

 

これらの条件をクリアしている方で胚盤胞になかなかならなくて悩んでいる方、流産してしまった方などはZyMotの使用を考えてみてもよいのではないでしょうか。

 

 

以上、ZyMotについてお話してきましたが、いかがでしたでしょうか。

最近はZyMotを選択する患者様も多くなってきた印象があります。

 

しかし、精液量と濃度や運動性が足りずに当日施行できない場合も少なくありません。

 

そのような場合は当院では2番目の選択肢としてPICSIを提示しています。

 

PICSIも先進医療のひとつで、顕微授精の成績が向上するといった報告があり、こちらは精子濃度が少なくても施行できます。

 

後日PICSIのコラムも更新する予定ですので、詳細はそちらでご覧ください。

 

皆さまの妊娠率が1%でも上がりますように、様々な最先端の技術と知識を取り入れながら培養を行っています。

 

皆さまもこれらの技術等を有効活用していただけたらと思います。

 

これから益々気温が上がり、過ごしづらい気候になるかと思いますが、水分不足には気をつけてお過ごしくださいね。

 

小倉

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