受精がおきたかどうか、どうやって確認するの? ~前核と受精「過程」~
受精とは、「精子と卵子が一緒になる」ことです。
たとえば皆さんが体外受精の治療を受けた後、医師から「受精しました」と言われたとき、「ああ、よかった、ちゃんと一緒になったんだ」と、安心します。
ですが「前核が二つ見えたので、受精はちゃんと起こっています」といわれると、(わかったようですが)「前核って、何?」と、ちょっとモヤッとしませんか?
さらに「この卵子は、顕微授精をして確実に精子を入れたのですが、前核が見えず、受精しませんでした」と言われると、そのモヤモヤは一層強くなることでしょう。
「卵子に精子を入れたのなら、受精してるじゃない!何で発生しないの!本当に精子を入れたのかしら?」と、言いたくなりますよね。
「前核」って一体何?
図1.顕微授精で前核がみえない?
顕微授精して精子が入っているはずなのに、前核ができなかった卵子を詳しく調べてみると、入ったときのままの精子の頭の部分と、その中に入っている染色体の塊を見ることができます(図1、下段)。
ちゃんと卵子に入っているのに、いつもと違って前核にならなかったわけです。
では、この「前核」って、なぜできるのでしょう?それがなぜ、受精の証拠になるのでしょう?
「受精」は別々なDNAがひとつになり分裂すること
受精、という言葉は、単に「精子と卵子が一緒になる」という一瞬の出来事ではなくて、「精子と卵子が一緒になって、その後お互いをちゃんと認識して、一緒に受精卵を作り始める」というヒトの発生の最初の一期間(過程)を指しています。
この期間の始まりは、精子が卵子と一緒になる(接触あるいは注入)ことですが、終了するのは厳密に言えば、その細胞が同じDNAの配列をもつ二つの細胞に分裂した時だといえます。精子と卵子が一緒になって、受精卵としての初めての細胞を作ることができた、というわけです。
ですが通常は、採卵して精子が入ってから16-20時間後に細胞の中に核が二つできたことを指して、「受精」といっています。
ですから最初の説明で医師が伝えたかったことは、「顕微授精をして卵子に精子を注入したのですが、翌日になっても前核が見えませんでした」ということです。
実際に、顕微授精を採取できた全ての卵子にしたとしても、前核ができる卵子の率は100%にはなりません。
そもそも「核」っていったい何?
核とは「DNA」と「染色体」を入れる「袋」
核、というのは、細胞の設計図である「DNA」が入っている「染色体」を入れておく袋です。
(卵子や精子ではない)普通の細胞では、赤い母方の染色体23本と、青い父方の染色体23本、計46本が核の中にきちんと整理されて入っています(図2、a;図では見やすいように、染色体の数を23対、46本でなく3対、6本にしてあります)。
図2.通常の細胞分裂のイメージ
色の違う糸が23本ずつ、交互に整然と箱に並んだ感じですね。整理されて入っているので、この細胞が分裂するときも、下の段のお手本と同じ物を作れば良いのですから、間違いなく、全く同じ物を複製することができます(図2、b)。
この複製された二組のセットが、それぞれ新しい細胞に受け継がれていきます(図2、c)。
受精時、卵子には見たこともない染色体が入ってきます
図3.受精期間の細胞分裂のイメージ
一方、受精するとき卵子と、精子はそれぞれ母方、および父方の23本分の染色体しかもっていません(図3、b)。
卵子と精子が一緒になった瞬間、卵子の中には卵子の染色体23本に加えて、今まで見たこともない精子の染色体23本がいきなり入ってくることになります。
さらに長い旅(以前の記事で「武蔵小杉から東京スカイツリーまで」と例えました)をする準備のために、精子は自分の核の中で糸(染色体)をなるべく小さくかためて、壊れないようにしています(図3、a)。
小さな袋に、糸がゴチャゴチャに入っている感じです。
精子の旅については以下の記事で説明しています。
ゴチャゴチャに固まった染色体をほどいて整理します
受精の後、卵子の中で卵子・精子にそれぞれ由来する染色体は図2の場合と同じようにきちんと整理されて、複製され、二つの細胞に間違いなくわかれなければなりません。
一本でも染色体の数が合わないと、分裂してできた細胞は二つとも染色体異常となって、妊娠できなくなってしまいます。
そこで精子の中のゴチャゴチャに固まった染色体と、卵子の染色体を間違いなく複製して分けるために、もう一手間が必要になります。
卵子はまず、ゴチャゴチャになった精子の染色体を卵子自身の核膜でかこみ、その中で長さが一目でわかるようにきれいに整理する、という仕事をします(精子側の前核、「雄性前核」)。
袋に雑然と入っていた糸を、わかりやすいように箱に並べるわけです(図3上段、a、b)。
卵子の染色体も同じように核膜で包んで、整理します(卵子側の核、「雌性前核」図3、下段、e)。
こうして、精子・卵子それぞれの23本の染色体が、「別々の」箱に入って、整理されることになります。ほら、核(「箱」)が二つ、できましたね。
前核から細胞分裂への道のり
これが前核期の初期ですが、このあと二つの前核の中では青い染色体と、赤い染色体がそれぞれ2倍に増え、分裂の準備をすることになります(図3、c、f)。
この場合も、下段のお手本を見ながら上段に同じ物を並べていけば良いので、間違いは起きにくくなります。
そうして普通の細胞と同じように、それぞれ2本ずつの染色体が用意されたところで、精子側の核(「箱」)から3本ずつ、卵子側の核(「箱」)から3本ずつの染色体をそれぞれ細胞に振り分けて、細胞分裂が完成します(図3、d、g)。
この一連の変化は、精子染色体が袋に入ってやってきたことを「卵子が」認識して、さあ整理して細胞分裂の準備をしよう、と「卵子が」仕事を始めています。
ですから、前核ができた、と言うことは単に卵子の中で勝手に精子の核が大きくなったわけではなく、卵子が精子を認識して、妊娠に向かって動き出した、すなわち二つの細胞協同作業として受精がおこっている、という証拠になるわけです。
前核は正確に細胞分裂するための仕事をします
そして前核の中では、細胞分裂に備えてDNAの複製(コピー)が盛んに起こっています。
この複製は間違いが起きると、その後の受精卵全ての細胞に間違いが遺伝してしまいますから、非常に慎重に行う必要があります。
前核が比較的長い時間見えているのは、DNA・染色体の複製を間違いがおこらないように、行っているからだと考えられます。
4-6時間と言う長い間まったく動いていないようですが、前核の中では様々な反応が忙しく、そして慎重に、行われているのです。
顕微授精をして前核ができなかった場合、その原因はほとんどの場合卵子側で、精子を認識して核を作る力がなかった卵子です。
やはり、前核をつくる力の大部分は、卵子が持っているのですね。