卵管の役割と卵管検査
卵管の役割と卵管検査
~忙しく動く優秀なタクシー運転手~
前回のコラムでは、精子と卵子が一緒になって受精がおこっても、育たない受精卵ができて妊娠までに時間がかかることがある、というお話をしました。
しかし受精そのものが起こらなければ、いつまでも妊娠することはできません。
今回は、「受精が起こっていない場合」の原因のひとつ、卵管に原因がある場合を解説します。
↓前回のコラムはこちら
卵管は多忙で大切な臓器です
卵管は精子と卵子の通路です。
教科書には
「卵管の途中(卵管膨大部)で精子と卵子は行き合って受精が起こり、できた受精卵は発育しながら卵管を子宮側に移動し、受精してから約5日で胚盤胞となって子宮に入り、着床して妊娠する」
とあり、
「左右の卵管両方が詰まっていると、妊娠は起こらなくなり、不妊症となります」
と書かれていると思います。
この説明のために紙に書かれた図はもちろん動きませんから、ほとんどの方は卵管がトンネルのような通路で、精子や卵子がその中を移動している、と無意識に想像します。
しかし、実際には卵管は忙しく働いてたくさんの仕事をしている、大事な臓器なのです。
卵管は卵子や受精卵を運ぶタクシー運転手!
図1.卵子のpickup
まず卵管は、排卵された卵子を取りに、自分で動かなければなりません(図1)。
そのあと卵管は、精子と一緒になった受精卵を子宮に向かって移動させます。
卵子や受精卵は精子のように自分で泳いで動けるわけではないので、卵管は卵子や受精卵を黙って適切な場所に大事に運ぶという、優秀なタクシー運転手さんのような役割をしているのです。
卵管の動きが悪くなると不妊の原因にもなります
こう書けば年齢が上がったり、周囲に炎症や癒着があったりすると、卵管の動きが悪くなって不妊の原因となるかもしれないことが、想像できますよね。
特に、卵管が卵子を取り込む力は様々な原因で悪くなることがあります。
例えば癒着がある卵管は、車の調子が悪いタクシーのようなもので、卵子を取りに行くことが難しくなりそうです。
排卵した卵子を卵管が取り込むことができなければ、精子はいつまで待っても卵子と出会うことができず、待ち合わせに失敗して妊娠は起こりません。
これを裏付けるように、(卵管というタクシーの力を借りなくても)卵巣で作られた卵子と、精子を受精させ、できた受精卵を子宮に届けることができる体外受精法では、すぐに妊娠・出産してしまうカップルは非常に多いのです。
現在卵管の機能は、子宮卵管造影や、卵管通水法で検査されていますが、これらの検査はお分かりのようにトンネルとして卵管が通っているかどうかしか調べることができません。
卵管の動きや、卵子の取り込みに問題はないか、ということを正確に調べることができる検査は、残念ですが今のところ適当なものがありません。
卵管検査がなぜ重要なのか
それでも、今でも卵管検査の重要性は少しも低くなっていません。
というのは、
- 非常に少数だが、卵管が完全に詰まっている場合を診断できる
- さらに施行した後一定数の患者さんは(卵管の働きがよくなるためか)自然妊娠する
という二つの理由によります。
2)の卵管検査の後に卵管の動きがよくなる理由はよくわかっていませんが、イメージとしては、エンジンの調子が悪くなったタクシーをオーバーホールする、という感じでしょうか。
不妊の検査をするとき、特に少しでも自然妊娠の可能性を高くしたいなら、卵管検査はするべきであると思います。
卵管検査の普及の歴史
余談ですが、卵管が詰まっていないかどうか調べる検査では、現在造影剤、滅菌生理食塩水などを卵管に通します。
しかし卵管検査が普及したのは、炭酸ガスを卵管に通すようになってからでした。
この炭酸ガスを使用した卵管検査はアメリカの医師Isidor Clinton Rubin博士が開発・普及させたもので、その名前をとってRubin検査といわれています。
博士の名前が残っているのは、炭酸ガスを使って初めて安全に卵管が通っているかどうかを調べることができるようになったからでした。
それまでも卵管検査にはさまざまな液体が使われていましたが、今ほど滅菌や、衛生の知識がなかったこともあって、液体を使った検査は腹膜炎を起こすことが心配でした。
そこで気体を入れることが考えられたのですが、最初に使用されたのがどこでも手に入り、ほとんど無菌と考えられていた空気です。
ところが空気の主成分である窒素(N2)は血液になかなか溶けません。
ダイビングをする方はよくご存知でしょうが、窒素のアワが血管の中に入ると、血管が詰まって脳梗塞など重大な障害を起こします。
卵管に注入された空気も一部は血管に入ることがあり、その量が多量になると大事な血管に詰まって重大な事故をおこすことがあったのです。
これに対して炭酸ガスは、体の中でいつも発生していますから、元々それを血液に溶かす仕組みが十分に整っているのです。
ですから、腹腔鏡や卵管検査で多少血管内に炭酸ガスが入っても、すぐに血液にとけてしまって害を起こしません。
Rubin博士が考案した装置は、炭酸ガスを一定圧で子宮内に送り、その時の子宮の中の圧力の変化がどのようなものかを記録することができて、卵管の機能を安全に、かつ見える化することができました。
博士はこの機械で、どのような波形が出たら妊娠する確率が落ちるかも検討しており、私が学んだ大学でもその機械を20年ほど前まで使用していました。
現在では機械が高価なわりに使用頻度が低く、また体外受精が普及したため卵管検査がそれほど重視されなくなって、この装置は姿を消してしまいました。少し寂しい気がします。